「そ・れ・で?結局HR委員長の続投が決まったと。」
「……はい。」
 次の日、一日休んでスッキリとした顔で登校してきた桜が私の話を聞いて呆れた声を出す。
「だってさぁ~高崎先生ってば『辞めてもいいですよ』なんて言ってるのに悲しい顔するんだもん。放っておけなくて。」
「まぁ確かに高崎先生って頼りない感じするし、何だかんだ姉御肌の千尋が助けたくなるのもわかるけど。」
「頼りないっていうか…う~ん、何ていうのかな……」
「煮えきらないな~どうした?」
「うん……」
 心配そうな声で様子を窺ってくる桜にハッキリと返事ができない。本当に私、どうしちゃったんだろう……
 HR委員長の仕事はもちろんめんどくさいし私がやる必要ないでしょ?って思うけど、実際高崎先生に頼まれると断れないし、悲しい顔をする先生を見たくなくてついあんな宣言しちゃうし……
 桜は姉御肌って言うけど別に弟がいる訳じゃないし、むしろ私末っ子だし。
 HR委員長になったのがきっかけで高崎先生と話す機会が増えて、今まで知らなかった先生の素顔っていうの?が知れて嬉しいとか先生と話すのが楽しいとか、まぁぶっちゃけ先生の事考える時間が増えてるのも事実。
 ……もしかしてもしかしてしなくてもこれってっ!

「千尋、あなたもしかして……」
「違うから!ただ気になってるだけだから!」
「まだ何も言ってないけど……」
「あ……」
 つい自分で墓穴掘っちゃった……
 私は俯きながら言った。
「ちょっとだけ……ね。気になってるだけだよ?好きとか何とかっていうのとは違う気がするし、先生とはつい最近よく話すようになった関係だし、何より先生と生徒だしね。」
「私だってそうだよ。」
「あ、そっか!」
 桜の言葉にパッと顔を上げる。桜は声を抑えながら笑った。

「別にいいんじゃない?結論出すまで時間かかっても。今のところは高崎先生と一緒にいると楽しいっていう気持ちだけなんだったらそれを素直に受け入れて、今まで通り過ごしていけばいいの。きっとその内答えは出るよ。」
「桜……」
「でもまぁ、突然気づく場合もあるけどね。」
「え?もしかして桜はそうだったの?」
「うん。地学の授業中にね、突然ビビッ!って。」
「ビビッ?(笑)」
「そう(笑)」
 おかしくて二人同時に大笑いする。そしてひとしきり笑って一段落すると、真面目な顔で言った。
「ありがとう、桜。」
「いーえ、どういたしまして。」
「そういえば昨日の報告がまだだったね。」
「え?何だっけ?」
「藤堂先生よ。昨日桜に言われて偵察に行ったんだよ?わざわざ。」
「そうだった、そうだった。で?先生は何て?」
 期待三割、不安七割くらいの表情で見てくる桜に勿体つけるようにゆっくり喋る。

「それがね~……」
「そ、それが…?」
「藤堂先生ったらね、一晩悩んで眠れなかったんだって。」
「えー?ホント?」
「本当。」
『眠れなかった』とは言ってなかったけど、『一晩悩んだ』っていう事はそういう事だよね?
「そっかぁ、先生気にしてくれたんだ。」
「そうだよ。引き続き頑張ろうね!」
「うん!」
 笑顔で頷く桜につられて自分も笑顔になる。
 良かった!やっぱり桜には元気でいて欲しいもんね。

「はい、皆さん席について下さーい!授業始まりますよ。」
 その時教室のドアを開けて高崎先生が入ってきた。瞬間、私の顔が赤くなる。ヤバい!今日の一時間目って世界史だった……(高崎先生は社会科教師です)
 ハッと隣を見ると桜がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「な、何よ……?」
「別にぃ~?」
 にやけた顔のまま授業の準備をする桜を睨んだ。
「起立、礼、着席!」
「はい。それではこの前の続きからですね。教科書を開いて…風見さん。」
「………」
「風見さん?風見千尋さん?」
「え?あ…はい!います!」
 思わず立ち上がる。いけない、いけない。あまりの事に放心状態だった……

「朝から元気ですね。じゃあP.62を読んで下さい。」
「はい!えーと……教科書ですね。あれ?ない……」
「何してるんですか?自分で持ってますよ。」
「え?あ、ホントだ……へへ……」
 もう!どんだけ動揺してんだ、自分!
 私は今までの失態を取り戻すように一つ咳払いすると、指定された箇所を大きい声で読み始めた。
 その間、隣からの視線が妙に痛かった……