――桜side

「桜ってさぁ、好きな人いないの?」
「あ!それ私も気になる!桜可愛いから彼氏の一人や二人いてもおかしくないけど、いつも千尋と一緒じゃん。どうなの?」
『千尋も帰ったし私も帰ろうかな。』と思って席を立とうとしたら友達数人に絡まれた。妙にノリノリな友達にちょっと引きつつも答える。
「好きな人いるけど彼女いるみたいだから私なんて……」
 正確には『いた』と過去形だけど。
「えー!何それ。諦めるの?」
「諦めるっていうか……」
「相手に彼女がいたって結婚してたって好きなら奪う。これ女の常識。」
 この発言にみんながどっと笑う。私も苦笑した。
「あ、藤堂先生!」
「え!?」
 突然上がった声に驚いていると、廊下から教室内を見回している先生と目が合った。
「桜、ちょっといいか?」
「え?私……ですか?」
「そうだ。」
 何かを決意したような眼差し。有無を言わせない口調。私は半ばボーッとする頭で先生の所に行った。
「行くぞ。」
「え……何処へ?」
「地学準備室。」
 先生の仕事場だ。早足で歩いて行く先生を小走りで追いかけた。

 地学準備室に入ると早速先生が口を開いた。
「悪かったな。友達と話してたのに。」
「いえ……」
 椅子を勧められて座ると先生も私の正面の椅子に腰かけた。
「期待してもいいってお前が言った時、ドキッとしちまった。変だよな、それまでいち生徒として見てたのに。」
「先生……?」
「それから色々と考えちゃってさ、あいつからのメールや電話にもろくに返事ができなかった。」
「それって……!」
 あいつというのが別れた彼女さんの事だと気づいた私は焦った声を出した。
「違う。お前のせいじゃない。元々上手くいってなかったんだ。他に男がいたのだって前から気づいてたしな。ただ……」
「ただ?」
「後ろめたくなったんだよ。お前の事を思い浮かべてるその同じ頭で、あいつへのメールの返事を考える事がどうしてもできなくて。」
 苦笑いしながら頭を掻いている先生を茫然と見つめる。
 何だろう?この雰囲気。先生が何かを伝えようとしている。私に……一体何を?
 聞きたい気持ちはあるけど、それ以上に耳を塞ぎたくなった。

「せ、先生?もう帰っていいですか……?」
「何で。」
「何でって……」
 立ち上がろうとした私の手を先生の大きな手が掴む。驚きで跳ねた体は中腰のまま固まった。
「俺はお前が好きだ。教師だとか生徒だとか関係ない。そんなくだらない壁、ぶっ壊してやるよ。」
「……ふぇっ……」
 先生の真っ直ぐな告白に勝手に涙が出てきた。嘘でしょ?先生が私を……
「……泣くなよ。お前に泣かれると弱い。」
「先生……?」
「ん?」
「本当に私でいいんですか?ちっちゃくて子どもっぽくて全然女らしくないし。すぐ泣くしすぐ怒るしすぐ落ち込むし、それでも……」
「ちっちゃいのがなんだ。可愛いだけだろ。子どもっぽくて女らしくない?そんなのこれからどんどん変わっていくさ。泣いても怒っても落ち込んでも俺がいるから大丈夫、だろ?」
 真剣な顔でくさい事を言う藤堂先生に泣いていたのも忘れて噴き出した。

「あははっ!」
「っておい!笑うか?普通……」
「ごめんなさい、だって……ふふっ♪」
 嬉しすぎて笑いが止まらない。すぐ目の前に先生が立ったのも気づかず笑い続けていた。
「『すぐ笑って』もつけ足さねぇとな。」
「え?」
 そっと手を引っ張られて立たされる。顔を上げる間もなくふわりと抱きしめられた。
「え?え?」
「返事は?」
「えーっと……」
 余りの事にパニックになる。頭の中でぐるぐると考えた末、小さく頷く事しかできなかった。
「先生……」
「桜……」
「あ!だ、だめ!」
 段々近づいてくる先生の顔を両手でムギュッと押さえる。先生は明らかに不機嫌な顔になった。

「何だよ…いいムードだっただろ。」
「ここ学校!教室!何考えてんの!!」
 真っ赤になって怒鳴ると今度は口を尖らせた。
「せっかくだからいいかなぁと……」
「ダメに決まってるでしょ!もう……」
 力が抜けて椅子に座り込む。まだぶつぶつ言ってる先生を見てため息をついた。この不良教師め!
 それでも……私はこの人が好きなんだ。そして嬉しい事に好きって気持ちを返してくれた。この事は奇跡以外の何物でもない。

「先生?」
「んあ?」
「卒業してからね♪」
「……なっ!」
 ウインクすると先生は何故かそのまま崩れてしまった。私の笑い声が再び放課後の教室に響き渡った。