「おはよー。」
「おはよう、千尋。」
「今日は早いね。いつもギリギリなのに。」
「ギリギリは余計だよ!」
「あはは。」
 笑いながら席につくと桜が急に顔を近づけてきた。思わず仰け反る。
「ど、どうしたの?」
「千尋……助けて!」
「え?え?えぇ~~~!」
 涙目で腕に抱きついてくる。私はその小さな体を受け止めながら戸惑った。
 そして桜がぽつりぽつりと話す内容を聞いていく内に、興奮で体が熱くなっていった。

「それって脈ありって事じゃん!」
「そうなのかなぁ~……」
「絶対そうだって。わざわざ桜に確認してきたって事は何らかのアプローチがあるかも知れないよ。」
「アプローチって?」
「告白とか。」
「こっ……!」
 みるみる内に真っ赤になっていく桜が可愛くて抱きしめる。
「桜は、桜だけは自分の気持ちに素直になってね。」
「千尋……?」
 怪訝な顔で見てくる桜に笑顔を向ける。
「頑張ってね!」
 そう言うと一瞬複雑そうな顔をした桜だったけどすぐにいつもの笑顔に戻ると頷いた。



「ついに桜にも春がくるかも知れないのかぁ~」
 廊下を歩きながら呟いた。桜と藤堂先生が二人並んでるシーンを妄想しては顔がニヤけてしまう。
「あ、雄太君!」
 一組の教室の前に着くと、廊下で友達何人かとお喋りしている雄太君を見つけた。
「一緒に帰ろう。」
「おう。」
「誰?この子。雄太の友達?」
 雄太君に声をかけるとそこにいた女の子が私の事を見て言う。雄太君は明らかに動揺した顔をした。
「えっと……」
「えぇ!?まさか彼女?」
「嘘!お前彼女出来たの?」
 その場にいた全員が驚いたように大きな声を出す。しまったと思ったけどもう遅く、雄太君は囲まれてしまった。
「名前は?」
「クラスは?」
「いつから付き合ってるの?」
 といった質問を浴びせられて戸惑っていると、さっき私の事を『誰?』と聞いた子が何かを思い出したように顔を上げてこっちに近づいてきた。そしてぐいっと顔を近づける。
「あ、あの……」
「やっぱりそうだ。貴女三組のHR委員長の風見さんね。」
「そうです、けど……」
「私一組の委員長だから夏休みの補習の時にみかけて覚えてたの。」
 そう言われてよくよく見たら確かに私にも見覚えがある。一組は雄太君も参加してたからね。

「貴女って確か……高崎先生と仲が良かったよね。補習の間も話してるの何回か見た事あるもん。」
「え……?」
「あ!あたしも見た事ある。夏休み前だったけど。いつも一緒にいるイメージ。」
「それは…HR委員長だから色々と頼まれ事とかあって……」
 何だか雲行きが怪しくなってきた。言葉に詰まりながら言い訳すると、悪ノリした男子がとんでもない事を言った。
「なぁ白石。お前二股かけられてんじゃないのか?」
「は?」
 途端、雄太君の目が鋭くなった。それにも気づかないその男子は更に言葉を継ぐ。
「まぁそれは冗談として。でも気をつけろよ~。千尋ちゃんだっけ?彼女可愛いから油断してると他の男に持っていかれるぞ?」
「いい加減にしてくれ!」
 雄太君の大声にその場がシーンと静まりかえる。誰もが呆気に取られて固まった。
「ゆ、雄太君……?」
「帰るぞ。」
「え、あ……ちょっと!」
 足元に置いてあった鞄を無造作に掴むと、すたすたと廊下を歩いて行く。私はその背中と茫然と立ち尽くしている友達との間を交互に見やると、一つため息をついて雄太君の後を追った。

「良かったの?」
「何が?」
「あんな言い方して……」
 肩越しに見るとまだ固まっている。明日からの雄太君の人間関係が心配で気が気じゃない。
「千尋をあんな風に言われて黙っていられるか。それにこんな事で壊れる関係なら所詮それまでだったって事だろ。俺はただ千尋を傷つける言葉を言ったから怒ったのであって、別にあいつらの事本気で嫌いになった訳じゃない。ちゃんと明日フォローするつもりだからお前は気にすんな。」
 雄太君が笑顔で頭をポンッと叩く。叩かれた頭を撫でながらホッと胸をおろした。
「もう…ハラハラした……」
「悪かったよ。」
「でも……」
「ん?」
「ありがとう。嬉しかったよ。」
 にっこり笑う。照れているのか真っ赤になってそっぽを向く雄太君が愛おしく感じた。

 不器用だけど一生懸命守ってくれようとするその手を掴んで、受け入れて、ずっと離さないでいたい。
 私はこれからどんどん雄太君の事を好きになる。先生よりもずっと。
 雄太君のまだ大人になりきれていない背中を見つめながら、私はそう予感していた。