――放課後

 誰もいなくなった教室で私と桜はお互いの事を報告し合った。
「えー!?高崎先生も思い切った事したね。」
「ホント……意外と行動派なんだって思ったよ。でも桜の方は進展したんじゃない?彼女さんとも別れたんだから、今がチャンスかもよ。」
「そうかなぁ……」
「藤堂先生の傷ついた心を桜は優しさで癒した。余計な駆け引きとか作戦とかなしにして、その素直なところが先生を救ったんだと思う。凄いな、桜は。」
「別に凄くないよ。千尋の方こそ凄いよ。辞めようとする高崎先生を守ったんだから。」
「私は……」
 桜のキラキラした瞳を真っ直ぐに見る事が出来ない。逃れるように俯いた。
「さっ!もう帰ろうか。今日は疲れたし。」
「そうだね。休み時間の度に質問責めだったもんね。帰ろう。」
 誤魔化すように言うと、桜も鞄を持って立ち上がった。
 多分桜は気づいてる。私が迷ってる事を。それでも何も言わずにいてくれる事が今はありがたかった。

「じゃあね。また明日。」
「バイバイ。」
 手を振ると私達は校門の前で別れた。
「はぁ~……」
 下を向きながら家路を歩く。答えを出せない事がもどかしくて、自分の影を思いっ切り踏みつけた。
「よお!千尋!」
「え?あ、雄太君……」
 突然声をかけられて顔を上げると、目の前に雄太君がいた。
「どうしたの……?」
「待ってたんだ。言ったろ?謹慎明けたら話があるって。」
「そ、そうだったね。」
「とりあえず、一緒に帰ろうか。」
「うん……」
 すたすたと歩き出す雄太君につられて私も足を動かす。自然と並ぶ形になった。

「謹慎になった理由は聞かないからさ、これだけ聞いていい?」
「何?」
 しばらく黙った後、雄太君が口を開く。私は雄太君を横目で窺った。
「お前、高崎先生の事……好きなんだろ?」
「え!き、気づいてたの?」
 雄太君が頷いた。また二人の間に沈黙が流れる。
「俺はそれでもいい。お前が誰を好きでも、いつかきっと俺の事好きにしてみせる。だから……俺と付き合ってくれ。」
 いつの間にか二人の足は止まっていた。真剣な顔の雄太君に釘付けになる。

 私は先生が好き。それは変わらない。多分ずっと変わらない。
 だけど今の私には、『先生と生徒』っていうハードルを越える勇気がなかった。
 桜みたいに一途に追いかける覚悟も、好きな人を想う優しさも思いやりも全然足りない。せっかく先生が自分の気持ちを伝えてくれたのに、それに応える余裕がない……
 もう限界だった。このままじゃ私、壊れてしまう気がする。元気だけが取り柄だったはずなのに、上手く笑えない。学校に行くのが苦しいし、先生に会うのが怖い。
 もし、もし目の前にいるこの人がいつもの私を取り戻してくれるのなら。
 笑って過ごせるのなら……

「いいよ。」
「え!?い、いいのか?」
「うん。私、雄太君と付き合う。」
「でも先生の事は……」
「何よ。そっちが言ってきたんでしょ?」
「そうだけど。じゃ、じゃあこれからよろしくな。」
「こちらこそ。」
 夕焼けをバックに微笑み合う私と雄太君。大丈夫。笑えてる。

 だけど私は気づいている。この選択が最低最悪な選択だって事。雄太君の事も先生の事も自分自身さえも傷つける行為だって事。
 それでも――
 今の私はこうするしかなかったのだ……