――一週間後

 私は一週間ぶりに学校に来た。
「千尋!良かった。元気そうだね。」
 昇降口に着くと桜とばったり会った。いつもと変わりない笑顔に癒される。あぁ~天使だ……ってそうじゃなくて!
 思わず緩みそうになる口を抑えて神妙な面持ちで桜に向き合う。
「桜……うん。私は大丈夫だよ。自業自得だったしね。それよりごめんね。何も言わなくて……」
「いいの、いいの。さ!教室行こう!」
「うん!」
 朝から桜の笑顔を見れて俄然元気が出てくる。勢いよく返事をすると靴を履いて廊下に出た。
「ん?」
 二人並んで廊下を歩いているとあちこちから視線を感じる。私はその理由に思いついて密かにため息をついた。
 そういえば思いっ切り堂々と掲示板に名前貼られたもんな~……興味本位で見られちゃうのはしょうがないか。
 私だって逆の立場だったら興味津々で見ちゃうと思うもん。まぁ後二、三日我慢すれば自然と忘れられると思うし、それまでなるべく大人しくしておこう。

「おはよう!」
「おはよ。」
「あ!来た、来た。千尋待ってたわよ。ちょっとここ座って。」
 クラスメイトの一人が私を手招きする。『ここ』と言って机を叩いているけど、そこ私の席だから。
 座ると声をかけてきた子を含め、何人かの子が私を取り囲んだ。
「何?どうしたの?」
「どうしたの?じゃないよ。一体どんな事したの?パワハラされてる高崎先生を守る為に校長室に殴り込みに行ったってもっぱらの噂だよ?」
 ってどんな状況やねん!思わず関西弁で突っ込みを入れる。もちろん心の中で。
「ちょっと!そんなストレートに聞く事ないじゃん。」
「えぇ?桜だって聞きたいでしょ?」
「まぁそうだけど……」
 桜が言葉を濁す。そしてこっちをちらちら見てくるから、私は一つ息をつくと観念したように言った。
「別に……あの校長をハゲって言っただけ。」
「え…………」
 一同の時間が止まる。そして数秒後――

「ぷっ……あははははは!」
 大声を上げて笑いだしたのは桜だった。
「千尋、良く言った!あの校長本当に凄いもんね。気づかれてないって思ってるのがまたウケるし(笑)」
「だよね~(笑)」
「あっはっはっは!」
 桜は笑い過ぎて死ぬんじゃないかってくらい笑ってる。
「そんなに笑わなくてもいいじゃん。」
 苦笑しながら言うと、桜が涙を拭いながらこっちを見た。
「いやだって、ハゲって……ぷくくっ!」
「もう……」
「はーい!いつまでお喋りしているんですか?チャイム鳴りましたよ。」
「あ、先生……」
「座って下さい。出席取りますよ~」
 いつも通りの爽やかな笑顔で教室に入ってくる高崎先生。目が合うとにっこりと笑われた。ドキドキと心臓が高鳴る。
 みんながそれぞれ席についたのを確認すると、先生は教卓の前で出席簿を開いた。

「安部くん。井手さん……」
 耳に懐かしい声を聞きながらボーッとしているといつの間にか自分の番にきていた。
「風見さん?」
「…………」
「風見千尋さん?」
「あ、は、はい!います!」
「久しぶりですね。元気で何よりです。えーっと、工藤くん。近藤さん……」
 私は力が抜けて椅子に凭れかかった。向けられた視線が今までと何処か違うように感じて、嬉しいはずなのに何となく重苦しい気持ちになる。

 先生の事が好きなのに、先生からの想いに押し潰されそう。それはきっと私が臆病だから。受け止められるくらいの度胸と度量がないから。
 もっと私が大人だったらこんな事で悩む必要なかったのかな。先生と生徒じゃなかったら、堂々と好きって言えたのかな。
 ……でも私はまだ高校生で子どもで、今の私だから先生と出会えた。それは変わらない。
 私は長い長いため息をつきながら机に突っ伏した……