「…う~ん……」
「あ、気がついたわよ。」
「風見さん?大丈夫ですか?」
 目が覚めた瞬間、高崎先生とお兄っ……じゃなかった、お姉さんの顔がすぐ目の前にあって、私は思わず体を起こした。
「だ、大丈夫です。ちょっとビックリしただけで。こっちこそすみませんでした。」
「ホントビックリしたわよ。急に倒れるんだもん。ちょっと意地悪してチラッとパンツ見せただけなのに、何を期待したのやら。」
 あ、パンツ見ただけだったのか……。私ったらてっきり……って何言ってんだ、自分!段々と顔が赤くなる。両手で顔を隠して小さく丸まった。
「……あの、兄さん。ちょっと出ていってくれませんか?」
「何よ、怒ってんの?悪かったって。ちょっとふざけすぎたわ。」
「お願いします。」
「わかったわよ。じゃあ今日は篤の所に泊まるから。ごめんね、千尋ちゃん。今度会った時は女子トークしましょうね♪」
「あ、はい……」
 何だか色々突っこみどころがあるけど、知らないフリした方がいいんだよね。この場合……
 私は引きつった顔で手を振りながら出ていく……お姉さんを見送った。

「風見さん?本当にすみませんでした。兄さん、いつもあんな風で自由奔放というか我が道を行くというか……」
「い、いえ!とんでもないです……」
 お互い伏し目がちに謝り合う。この時になって私は自分が部屋のソファーに寝かされていたという事に思い至った。先生が運んでくれたのだろうか。だとしたら覚えてないのが悔やまれる。
「あの、風見さん。」
「はい?」
 先生が改まった様子で私を呼ぶ。そっと目線を動かして先生を見ると、深刻な顔でこっちを見つめてきた。
 ドクンッと心臓が一つ波を打った。

「僕は……風見さんが好きです。」
「……え?」
 時が止まる。え?今先生何て言ったの?私が……好き?
「うそ……」
「嘘じゃありません。」
 真剣な顔。誠実な言葉。そうだ、高崎先生は嘘をつくような人ではない。でもこんな事……信じられない。
「担任として貴女を見ている内に、いつも明るくて元気な姿に惹かれました。最初は当然戸惑いましたよ。何てったって教え子ですからね。」
 苦笑交じりにそう言う先生にもはや頭がついていかない。私はボーッとしたまま、次の言葉を待った。
「HR委員長に風見さんを抜擢したのも下心……なのかな。」
「へ!?」
「話す機会が増えればいいな、くらいでしたがつい調子に乗ってしまいまして……」
 頭をかく先生も可愛いっ……じゃなくて!いいのか?いいのか?教師が公私混同して!
 ……まぁ、そのお陰で?先生の事好きって気づいたから良かったけど。(先生の策略にハマった感が拭えないけど、それはまあ置いといて。)
「先生!」
「はい?」
「わたっ……わたしも……」
 両手で拳を作って先生を見つめる。先生はあのいつもの優しい笑みで私を見た。

 先生が好きだと自覚した時から、密かにこんな日がくる事を願っていた。ただ見ているだけでいいとか、想ってるだけで満足とか、そんなのは嘘だった。
 だってこんなに近くに先生がいる。私を見ている。あの包み込むような穏やかな空気で今、ここに……
 でも私は――

「……ごめんなさい。」
「風見さん……」
 少しだけガッカリした顔をした先生から目を逸らす。
 嬉しいけど私は臆病だから、この先の事を考えてしまう。
 こういう時お姉さんみたいな人なら、パッと自分の気持ちを正直に伝える事が出来るのかな。
『私達は先生と生徒だから……』
 何処からか自分の声が聞こえた。
 そうだ。私達は先生と生徒。それが現実。

「私は、他にす、好きな人がいるんです。」
「それは、誰ですか?」
「……言えません。」
「本当の理由を言って下さい。僕が嫌いですか?もしそうなら…諦めもつきます。」
「嫌いなんかじゃないです!ただ……」
「ただ?」
「先生と……生徒だから。」
「…………」
「だから……」
「そうですか。」
 先生はそれっきり黙ってしまった。私は居たたまれなくなって帰ろうとした時、先生が言った。

「先生と生徒じゃなければいいんですね?」
「え?先生……?」
「今日はありがとうございました。携帯届けてくれて。それと兄さんの事は本当にすみませんでした。後で叱っておきますので。」
 静かに頭を下げる先生に戸惑っていると、おもむろに立ち上がってドアの方に向かった。
「もう夕方ですね。送っていきます。」
 そう言うと靴を履いて外に出る。先生らしくない有無を言わせない行動に茫然としながらも、私も外に出た。
(あんなに優しい先生を怒らせてしまった……)
 私は後悔しながらも今更本当の気持ちを言えないまま、先生と一緒に家路を歩いた……