「瑛翔くん、帰ろ?」
「うん」

 周りの目を気にして小声で千歳が僕に言う。
 杠葉さんは裏門のところで待っているらしい。暑さが今日も尋常じゃないが、暑さ対策は完璧だそうだ。

「美雨...」

 僕が下駄箱で靴を履き替えているとき、後ろから速水の声が微かにした。
 きっと、千歳は気付いていない。いや速水が気づかないような小声で言っている。

「...ッ」
「は、速水...」

 その途端に速水は走り去ってしまった。
 本人がこの前の出来事を後悔しているとは知っているから、速水の心情を想像することが出来る。だから余計に、2人に挟まれるような立ち位置にいる僕は複雑な思いで。

 千歳に今のことを伝えるべきなのかも、分からなかった。

「瑛翔くん?」
「あ、ごめん」

 今日は一旦、千歳といることに集中しよう。


「あら、日向くん。わざわざありがとう。美雨ちゃん、おかえり」
「お久しぶりです」
「ただいま?」

 たしかにこういうことを言われた時に『ただいま』と返していいのか迷う時あるよな...
 杠葉さんの車に乗り込み、病院へ向かう。

「千歳、やりたいことって何?」
「それは着いてからのおっ楽しみ~」

 ニヤニヤしながらこちらを向く千歳とミラーに映る杠葉さん。杠葉さんは千歳がやりたいことを知っているようだった。

 一体、何を企んでいるのか。

「美雨ちゃん、はしゃぎすぎ」
「だって...学校に行けたんだもん」
「まだ初日よ?1週間は長いんだからね」

 1週間登校できるのか!?今知った事実。担任も全くそんなことは言っていなかった。
 ただ、体調は毎日考慮しての登校にはなるらしい。それもそうか。

 いつもバスなら40分は余裕でかかるのに今日は30分弱で着くことが出来た。

「降りるよ?」
「うん」

 これから何が待ち受けているのか、少しだけ怖気づく。
 受付で面会証だけもらい、千歳と杠葉さんと一緒に千歳の部屋に行く。

 コソコソと千歳達が話している内容は気になるが、聞く耳を持つと怒られるため何も考えずに歩いていた。

「ちょっと、着替えてくるから待ってて」
「わかった」

 部屋の前にある小さな丸椅子に腰かけ、結菜からのメールを返信しようとスマホを開く。

✉ お兄ちゃん!お誕生日おめでとう!

 そういや、今日誕生日か...
 行事に全くというほど関心がない僕は完全に忘れていた。

「入っていいよ」

 いつもとは違う服に着替えている千歳に招かれ、中に入る。

パンッ!

「瑛翔くん、お誕生日おめでとー―――!!」

 千歳の部屋は誕生日パーティー仕様になっていた。