その病院は、学校の最寄りのバス停から10駅程進んだ場所にあった。

「千歳美雨さんに学校の書類を届けに来たのですが」
「あら、瑛翔くんじゃない。久しぶりねえ」

 受付で用件を伝えると、祖母の担当看護師が出てきた。その看護師に千歳の部屋まで着いてきてくれることになった。
 先に5分程度祖母に顔を出した。老化が進み、自力で起き上がるのすら大変そうだ。それでも前より体調は回復しているらしく、安心する。突然の僕の訪問に驚いていたが、嬉しそうだった。数千円の臨時収入も手に入る。

「瑛翔くんは、美雨ちゃんと面識があるの?」

 祖母の部屋を出て、千歳のところへ向かっている最中に看護師からそんなことを言われ、僕は事の経緯を説明した。わざわざ書類を届けに来るのだから、赤の他人だとは思わなかったのだろう。

「そっか。美雨ちゃんと仲良くしてあげてね」
「はい」

 いつの間にか、千歳の病室に着いた。担任から千歳には連絡が行っていると聞いているが、会ったことも無い人の病室に入るのは緊張する。
 看護師が迷わずに扉を開ける。そこにいる女子は本を読んでいた。

「君が、日向瑛翔くん?」
「ああ」

 その1往復の言葉のラリーだけで地味に、いや、とても苦しい沈黙が流れているのに看護師は自分の持ち場に戻ってしまった。

「あ、これ、今日配られた書類。来週の金曜日までだってさ」

 目の前にある大きな瞳に吸い込まれそうだった。だからなのか、少しだけ早口になる。1年の時、あれだけ噂になるのもすぐに納得できた。

「遠いのにわざわざありがとう」
「こっちに用事あったし、気にしないで」

 家のリビング程度の空間に高校生2人。すぐに打ち解けられる訳がない。自分の善意を否定するわけではないが、あの時引き受けたのは正しかったのだろうかと葛藤してしまう。
 あたふたしている僕に対して、千歳は僕のことをまじまじと覗き込んでいる。

「何か、付いてる?」
「ううん、瑛翔くんがどんな人なのかなって思って」
「普通だと思うけど、僕なんて」

 そんな顔で見られると、僕が恥ずかしいのだとは口が裂けても言えない。家族以外に下の名前で呼ばれたのも久しぶりだ。

「初めての人がどんな人が気になるじゃん?」
「だからってジロジロは見るなよ...」
「恥ずかしがり屋さんなんだね」

 千歳は小悪魔とでもいうような笑顔を浮かべる。普段、香坂くらいしか女子と関わらないような僕にとっては慣れないものだった。香坂と千歳は真逆と言いざるを得ない。