「ふ、藤宮くんのお家、すごいねっ!あんなに大きなマンションはじめて見たよ!」


「そうだな。なんかやたらとでかいし。まぁ、もう引っ越すけど」


 藤宮くんの口から「引っ越す」という言葉が出てきて、私は息をのんだ。


 クラスの子たちが噂してたのは、本当だったんだ…。


 ど、どうしよう…。


 せっかく藤宮くんと話せるのに、急に緊張してしまって、伝えたいことがうまく言葉にならない。


 言わなきゃいけないのに。伝えなきゃいけないのに…!


「ここ、憶えてるか?」


「えっ…?」


 私がまごまごしていると、藤宮くんはとある大きな一本の木の前で足を止めた。


「今はもう散ってしまって、これがなんの木かわかりにくいけど、」


「あ、桜の木…?」


 私のつぶやきに、藤宮くんは驚いたように私を見た。


「私、桜の木って大好きなんだ。それにここは、私と藤宮くんが出会った場所だよね?」


 憶えてる。


 私がここでしろくまのキーホルダーを探していて、そこに藤宮くんが通りかかったんだ。


 下ばかり見て、足元ばかり探していたけど。キーホルダーは結局、この桜の木に引っかかってたんだ。


「藤宮くんがキーホルダーを見つけてくれたときの桜の木。私、ちゃんと憶えてるよ」


 あのときの楽しかったうれしかった気持ち。 


 藤宮くんとすごした時間。


 私の胸に、大切にしまってあるよ。


 驚いていた藤宮くんは、またからかうように笑った。


「佐藤のことだから、すっかり忘れてると思ったけど」


「藤宮くん」


「ん?」


 私は藤宮くんに向き直って、藤宮くんのちょっとつり目なきれいな藤色の瞳を見つめた。