今日は六月の第三月曜日。


 月に一度、私が大学病院で定期検査する日だ。


 採血して、レントゲンとCTをして、先生と話をする。


 年に一回はPET検査という、さらに精密な検査もしている。


 定期検査を終えて、疲れきった私は病院帰りに、電車に揺られて座席で寝てしまった。


 そして、気分が悪くなるとても嫌な夢を見た。


 夜の暗くて気味が悪い、何処かもわからない駅のホーム。


 そこで、私と悠が離れ離れになる夢だ。


 さっきまで隣で手を繋いでいたはずなのに、いつの間にか悠がいない。


 私は、ぼーっとしていて気づくと電車に乗っていた。


 電車のドアが閉まり発車のベルが鳴る。


 窓から外を見ると、悠が必死に何かを叫んでいた。


 ひどく悲しい悲鳴をあげているような形相で「晴行くな。待ってくれ。俺も連れてってくれ」と、窓を叩いている。


 電車はそのまま出発して、私たちは離れ離れになってしまうという悲しい夢。


 私は何度かこの夢を見たことがある。


 その時、「晴っ。晴ーーーーーっ。はーーーーーーるってば」と、私を呼ぶ声が聞こえた。


 目を開けると隣で座っている悠が、私と繋いでいる手をぎゅっと握って、トントンと上下に動かし、声をかけてくれている。


 「もうすぐ降りる駅だよ。起きて」


 「あ、ありがと。寝ちゃったんだ私」


 寝起きのかすれ声が出た。


 「なんかうなされてたよ。悪い夢でも見た?」


 悠が心配して顔を覗き込む。


 「うん。悲しくて怖い夢を見たの」


 朦朧としながらも、夢の内容を鮮明に思い出し、そのせいで鼓動が強くなるのを感じた。


 「大丈夫だよ。俺がどんな時でも側にいるから。いつでも一緒だよ。晴を必ず守るから」
 

 悠が、繋いでいる手にぎゅっと力を入れる。


 彼の声、表情、香り、雰囲気、全てが温かく感じる。


 さっき見た悪夢で強く鳴っていた鼓動が落ち着いていく。


 前に、悠は私に依存していて自立していない。と言ったけれど、きっと私のほうが悠に依存している。自立もしていない。


 私は、病院に行きたくなくて診察をボイコットしたことがある。


 その日「病院に行ってくる」と、家を出てから病院には行かず、暗くなるまで桜舞公園のベンチに座って桜の木を見ていた。


 連絡が取れず、家に行っても私がいないと知った悠が、心配して公園まで探しに来てくれた。


 私は、悠に声をかけられるなり感情が溢れてしまい抱きついた。


 とても怖かったのだ。


 これから、どうなってしまうかわからない。


 どんな痛いこと、辛いこと、悲しいことがあるのだろうか。


 それを考えると、どうしていいかわからない。


 恐怖がじわじわ足元から登ってきて足がすくむ。そんな感覚がした。


 だから、全てから逃げるように、悠と、ここで出会った時のことを思い出しながら桜の木を見ていたのだ。


 彼は、泣きつく私に何も言わず、ただただ抱きしめてくれた。


 大丈夫?とか。何があった?とか。そういう言葉は何も言わない。


 悠に抱きしめられると、不思議なことに心がすっと落ち着いていく


 しばらくし、顔を挙げると、悠は目に涙を溜めて泣くのを我慢していることがわかった。


 私を抱きしめる彼の手が震えていることにも気づいた。


 「晴は全部を一人で抱えていたんだね。もう、一人ぼっちにさせないからね。いつでも絶対一緒だからね」そう、悠が言ってくれた。


 そして、私は心の中の不安の一部を打ち明けると、彼は泣きながら、うんうん、と頷き話を聞いてくれた。


 そんなことがあってから、大学病院の定期検査に、悠は必ずついて来てくれる。


 私は、隣に悠がいると、勇気が湧いてきて病院に次の診察から行くことができた。


 だから、本当は自立できてないのは私のほうなのだ。


 悠が側にいないと病院にも行けない。


 そして、いつも全力で私を大切にして愛してくれる、悠のことが大好きで仕方がない。


 どうしようもないくらいに。