俺は、晴と出会ってから生き方が変わった。
以前、彼女にその話をしたら「そんなの大袈裟だよ」と笑い飛ばされた。
実は俺が初めて晴と出会ったのは、アルバイトしていた頃のこでまり保育園でじゃない。
初めて彼女の弾き語りに感動したのも、桜舞公園で告白したときが初めてじゃない。
俺はその前から彼女を知っていた。
そのことを晴に話したら「えー、そんなことあったような気がするー」と、俺にとっては人生を変えた出来事だったのに、彼女にとってはなんでもない日常だったようだ。
晴は俺に鈍感だとよく言うけど、晴だって自分の興味のないことには無頓着じゃないか。
まぁ、晴がどこまでも人に優しいのは、無意識だし、あれは彼女の才能みたいなものだからもう仕方がない。
俺が高校二年生の夏。
じいちゃんが亡くなったというのに両親は仕事が忙しく家にも帰ってこない。そんな毎日で俺の心は荒れていた。
気分が乗らなければ学校をサボり、夜には家を抜け出してスケボーして補導されて。
もともと家にも帰ってことない両親のことはきらいだった。
じいちゃんがいたからこそ成り立っていた生活と幸せ。それがじいちゃんとの急な別れで、突然壊れてしまったのだ。
学校でも、家でも、楽しいと感じることがなくなり、心から幸せだと思えることがなくなった。幸せってなんだろう。心の中がいつもからっぽな気がした。
学業にも身が入らないまま、俺は九教科中八教科が赤点という記録を打ち出し、夏休みだというのに補修を受けなければならなくなった。
しかし昨晩、遅くまでスケボーをしていて、次の日の補修を寝坊してしまったので、俺はもう補修をサボってそのままスケボーをすることにした。
近所でスケボーしていて先生に見つかると面倒なので、名古屋で有名なWMパークまで電車で行くことにした。
しかし、いざ到着するとWMパークは修繕工事中。仕方がないのでスマホで近くのスケボーができそうな公園を探す。
すぐに桜舞公園が見つかって俺はそこに向かった。
公園に着いた俺はスケボーがやれそうなアスファルトの路面で、さっそくスケボーを始める。
すると、どこからか誰かの啜り泣く声が聞こえる。
周りを見回すと、林の奥で泣いている幼い女の子を見つけた。桃色のワンピースを着ていて手には白い花を持っている。
周りに保護者らしき人がいない。迷子だろうか。怪我でもしているのだろうか。
俺はその女の子が心配でスケボーどころじゃなくなった。しかし、情けにことになんて声をかけたらいいのかわからない。
子どもの扱いがまったくわからないのだ。
俺なんかが声をかけて周りから変に思われないだろうか。子どもを怖がらせてしまわないだろうか。
そんな、どうしようもない不安で女の子を助ける勇気すらなく、俺はただ見守ることしかできなかった。
俺じゃなくても、通りかかった大人が女の子を助けてくれる。そう期待していたがなかなか誰も通らない。その間も女の子は啜り泣く。
俺はそこで初めて、自分が困っている子どもがいても何もできない薄情な人間であることを知った。
すると、ひとりの女性が通りかかる。
その女性は黒髪ボブヘアーでワークキャップを深く被り、Tシャツを着てカーゴパンツにスニーカーを履いている。バンドマンなのか肩にはギターケースを背負っていた。
女性はすぐ泣いている女の子に気づくと、「どうしたの?大丈夫?」と膝をついて女の子と目線を合わせ、それがあたり前のように声をかける。
「うっうっ、あっ、うぐ」と、泣き止む気配のない女の子。
俺が声をかけても結局こうなっていただろう。
女性は「うんうん、大丈夫だよ」と、優しく声をかけて女の子の背中をさする。
女の子が落ち着いてきて泣きやむと、女性は「じゃーん!これなーんだ?」とギターケースからギターを取り出した。
「ギター?」と、女の子が小声で答える。
「正解!お姉ちゃんが、最近お気に入りの歌を歌うからなんの歌かあててね。きっと聴いたことあるよ」
そう微笑んだあと、女性は女の子の前でギターを弾きだした。
優しく指で一音一音、弾かれるアコースティックギターならではの音色。そして囁くように歌う女性の綺麗な歌声が心地良い風のようだった。
俺には、その女性が天使に見えた。
「あ、これ聴いたことあるー。保育園で歌っことある!えーっと、たしかー、にじっ!」
「正解っ」と、女性はギターをジャーンと鳴らしてにっこり笑う。
「お姉ちゃん、お歌のプロの人?」
「んーん。わたしはね、保育園のプロの先生になるために専門学校に行ってる人」
「せんもんがっこう?」と、女の子が目を丸くする。
「保育園の先生になるための、お勉強を専門に教えてくれる学校だよ」
「すごい!朝陽も保育園の先生なりたいっ!」
「お名前は、朝陽ちゃんっていうんだ」
「うん。お姉ちゃんは?」
「わたしは猫本晴。よろしくね。ところで迷子になっちゃったの?」
「うん、ママと公園に来たの。でも白いお花探してるうちに迷子になっちゃったの」
「これはシロツメグサだね。この花がある場所から来たの?」
「うん。いっぱい咲いてた」
「なら芝生のほうにママがいないか一緒に探しに行ってみようか。それでママが見つからなかったらお巡りさんのとこ連れてってあげる」
「ママ見つからなかったらどうしよう。朝陽、お巡りさん怖い」と、女の子がまた泣き出しそうな顔をして目をうるうるさせる。
「大丈夫。ママが見つかるまでお姉ちゃんが一緒にいてあげる」
そう言って女性が微笑んで女の子の頭を撫でた。
「じゃあ朝陽、ママ見つかるまで晴お姉ちゃんと楽しいお話いっぱいするー」と、また女の子に笑顔が戻る。
そして女性と女の子は手を繋いで歩いていった。
ふたりの心があたたまるようなやりとりを見ていたら、なんだか荒みきっていた俺の心まで、不思議とあたたかくなった気がした。
以前、彼女にその話をしたら「そんなの大袈裟だよ」と笑い飛ばされた。
実は俺が初めて晴と出会ったのは、アルバイトしていた頃のこでまり保育園でじゃない。
初めて彼女の弾き語りに感動したのも、桜舞公園で告白したときが初めてじゃない。
俺はその前から彼女を知っていた。
そのことを晴に話したら「えー、そんなことあったような気がするー」と、俺にとっては人生を変えた出来事だったのに、彼女にとってはなんでもない日常だったようだ。
晴は俺に鈍感だとよく言うけど、晴だって自分の興味のないことには無頓着じゃないか。
まぁ、晴がどこまでも人に優しいのは、無意識だし、あれは彼女の才能みたいなものだからもう仕方がない。
俺が高校二年生の夏。
じいちゃんが亡くなったというのに両親は仕事が忙しく家にも帰ってこない。そんな毎日で俺の心は荒れていた。
気分が乗らなければ学校をサボり、夜には家を抜け出してスケボーして補導されて。
もともと家にも帰ってことない両親のことはきらいだった。
じいちゃんがいたからこそ成り立っていた生活と幸せ。それがじいちゃんとの急な別れで、突然壊れてしまったのだ。
学校でも、家でも、楽しいと感じることがなくなり、心から幸せだと思えることがなくなった。幸せってなんだろう。心の中がいつもからっぽな気がした。
学業にも身が入らないまま、俺は九教科中八教科が赤点という記録を打ち出し、夏休みだというのに補修を受けなければならなくなった。
しかし昨晩、遅くまでスケボーをしていて、次の日の補修を寝坊してしまったので、俺はもう補修をサボってそのままスケボーをすることにした。
近所でスケボーしていて先生に見つかると面倒なので、名古屋で有名なWMパークまで電車で行くことにした。
しかし、いざ到着するとWMパークは修繕工事中。仕方がないのでスマホで近くのスケボーができそうな公園を探す。
すぐに桜舞公園が見つかって俺はそこに向かった。
公園に着いた俺はスケボーがやれそうなアスファルトの路面で、さっそくスケボーを始める。
すると、どこからか誰かの啜り泣く声が聞こえる。
周りを見回すと、林の奥で泣いている幼い女の子を見つけた。桃色のワンピースを着ていて手には白い花を持っている。
周りに保護者らしき人がいない。迷子だろうか。怪我でもしているのだろうか。
俺はその女の子が心配でスケボーどころじゃなくなった。しかし、情けにことになんて声をかけたらいいのかわからない。
子どもの扱いがまったくわからないのだ。
俺なんかが声をかけて周りから変に思われないだろうか。子どもを怖がらせてしまわないだろうか。
そんな、どうしようもない不安で女の子を助ける勇気すらなく、俺はただ見守ることしかできなかった。
俺じゃなくても、通りかかった大人が女の子を助けてくれる。そう期待していたがなかなか誰も通らない。その間も女の子は啜り泣く。
俺はそこで初めて、自分が困っている子どもがいても何もできない薄情な人間であることを知った。
すると、ひとりの女性が通りかかる。
その女性は黒髪ボブヘアーでワークキャップを深く被り、Tシャツを着てカーゴパンツにスニーカーを履いている。バンドマンなのか肩にはギターケースを背負っていた。
女性はすぐ泣いている女の子に気づくと、「どうしたの?大丈夫?」と膝をついて女の子と目線を合わせ、それがあたり前のように声をかける。
「うっうっ、あっ、うぐ」と、泣き止む気配のない女の子。
俺が声をかけても結局こうなっていただろう。
女性は「うんうん、大丈夫だよ」と、優しく声をかけて女の子の背中をさする。
女の子が落ち着いてきて泣きやむと、女性は「じゃーん!これなーんだ?」とギターケースからギターを取り出した。
「ギター?」と、女の子が小声で答える。
「正解!お姉ちゃんが、最近お気に入りの歌を歌うからなんの歌かあててね。きっと聴いたことあるよ」
そう微笑んだあと、女性は女の子の前でギターを弾きだした。
優しく指で一音一音、弾かれるアコースティックギターならではの音色。そして囁くように歌う女性の綺麗な歌声が心地良い風のようだった。
俺には、その女性が天使に見えた。
「あ、これ聴いたことあるー。保育園で歌っことある!えーっと、たしかー、にじっ!」
「正解っ」と、女性はギターをジャーンと鳴らしてにっこり笑う。
「お姉ちゃん、お歌のプロの人?」
「んーん。わたしはね、保育園のプロの先生になるために専門学校に行ってる人」
「せんもんがっこう?」と、女の子が目を丸くする。
「保育園の先生になるための、お勉強を専門に教えてくれる学校だよ」
「すごい!朝陽も保育園の先生なりたいっ!」
「お名前は、朝陽ちゃんっていうんだ」
「うん。お姉ちゃんは?」
「わたしは猫本晴。よろしくね。ところで迷子になっちゃったの?」
「うん、ママと公園に来たの。でも白いお花探してるうちに迷子になっちゃったの」
「これはシロツメグサだね。この花がある場所から来たの?」
「うん。いっぱい咲いてた」
「なら芝生のほうにママがいないか一緒に探しに行ってみようか。それでママが見つからなかったらお巡りさんのとこ連れてってあげる」
「ママ見つからなかったらどうしよう。朝陽、お巡りさん怖い」と、女の子がまた泣き出しそうな顔をして目をうるうるさせる。
「大丈夫。ママが見つかるまでお姉ちゃんが一緒にいてあげる」
そう言って女性が微笑んで女の子の頭を撫でた。
「じゃあ朝陽、ママ見つかるまで晴お姉ちゃんと楽しいお話いっぱいするー」と、また女の子に笑顔が戻る。
そして女性と女の子は手を繋いで歩いていった。
ふたりの心があたたまるようなやりとりを見ていたら、なんだか荒みきっていた俺の心まで、不思議とあたたかくなった気がした。