青空がどこまでもつづき、砂浜に寄せる波が白い泡を作りながら優しく音を立てる。
海にはぽつぽつと漁船やタンカーが遠くに見えて、店のテラスに飾られた向日葵が海風で揺れる。
こんな時間がいつまでもつづけばいいのに。しかし、そうも言ってられない。
この大きくて広くて美しい海と空でさえ、わたしの心の穴は埋めれないだろう。
「腹ごしらえも終わったし、せっかくこんな素敵な砂浜があるんだから海で遊んでこうよ」と、悠が提案した。
「え、でも、わたし水着持ってきてないよ」
「泳がなくっても一緒に散歩しようよ。写真とか撮ったりしてさ。でも晴の水着姿は見たかったなぁ、えへへ」
「はいはい。水着はまた今度ね」
悠は良いことも言うけど、最後の一言が余計なんだよなぁ。
わたしたちは海沿いの砂浜を、手を繋いで歩いた。綺麗な貝殻や岩場では魚や蟹を見つけた。
前は恋人繋ぎというのに慣れなかったけど、今はずっとこうして手を繋いでいたいと思う。
このしっくりはまる感覚に、わたしの心は落ち着きを感じるのだ。
悠との日々は、かけがえのないもので本当に幸せだ。
彼はなんでこんなわたしを選んでしまったのだろうか。ふいに、そんなことを思った。
悠との日々が心地良くて、わたしの決意が揺らいでしまう。
でも、これだけは伝えてたくてわたしは口を開く。
「ねえ、悠」
「ん、どした?」
「約束して欲しいことがあるの。これから、もしわたしに何かあったら、悠はわたしを忘れて幸せになってほしい。そう約束して」
すると悠は一瞬、間の抜けた顔をしてから、すぐに真剣な目をして「んー、それはできないっ。ごめん。俺は晴と一緒じゃなきゃいやだ。幸せになるときも一緒だよ。ペアリング買ったときに約束したじゃんか。忘れたの?」と、言った。
わたしは悠が左薬指につけているペアリングに目がいった。
そして目頭が熱くなったが我慢をする。
『この先、何があってもふたりで一緒に頑張ろう。ふたりで幸せになろう。この左薬指のペアリングに誓って』
以前、秋晴れの空の下。
約束したときのことを鮮明に思い出す。
そして、わたしは海と空を見つめた。
「うっわ、それそれ。その悲しい目で海とか空とか遠く見るやつ!俺、晴がいつも悲しいときにそういう仕草するの知ってんだよ。俺といるってのに、うわの空でたまに眺めてるよな」
しまった。ばれていないと思っていたのに、悠はわたしのことを本当によく見ている。
「いつも晴が悲しい顔するたびに、絶対に俺が笑顔にしてやるって思ってんだよ」
そして悠は「海と空には負けねえ!晴を笑顔にするのは俺だかんなー」と、海と空に向かって叫びこっちを向いて笑った。
悠の言葉はいつもあたたかくて力強くて優しい。
壊れそうなわたしの心を励ましてくれる。
「ふふふ、何それ。何と張り合ってんのよ」
「海と空を見てても笑顔なんねえって。晴は俺のこと見とけよ」
「なんだそれ、じー」
そう言いながら、悠の目を見つめてわたしは彼の鼻に、自分の鼻があたるくらい顔を近づけた。
「うわ、それは近い近い」
「悠が俺のこと見ろって言ったんじゃない」
「それ近すぎてもう見えてないじゃん」
わたしたちはそのまま唇を重ねた。
太陽は西の空と海に茜色の地平線を作っている。
波の音が聞こえ海風が通り過ぎる。
数秒、数分経ったかもしれない。
唇が離れると悠が「今はペアリングだけどすぐに婚約、いやマリッジリングに変えてみせる」と言った。
わたしは悠の目が見れなかった。
こんなにも嬉しいことを言われているのに言葉も返せない。