日曜日。今日は悠と約束していた打ち上げパーティーの日だ。
わたしは悠の好物であるビーフシチューを作るために、彼の部屋のキッチンでジャガイモをむいている。
「晴ぅー、俺も手伝う」と、悠がとなりに来て言った。
「頑張ったご褒美でわたしが作るから、悠はゆっくりしてていいよ」
「いやいや。晴が助けてくれたからやり遂げることができたんだよ。ご褒美あげたいのは俺のほうなんだけど」
「いいって悠はやらなくてもー」
「じゃあさ、作り方教えてくれるってことで俺にも手伝わせてよ。前に悠も料理できたほうがいいって言ってたじゃん。それにふたりで作ったほうが楽しいって」
「そういうことなら、まぁ、いっか」
わたしが折れて、悠の提案通り一緒に作ることになった。
「晴、晴っ。包丁の持ち方これでいいよね?」
ジャガイモを切ろうとする悠の手が震えている。
「左手は猫の手だよ。そうしてれば危なくないから」
相変わらず、悠はできることとできないことの差が激しい。この通り料理が大の苦手だ。
本当はわたしひとりでやったほうが早いけど、これも彼のためだな。
それに悠が料理を進んでやるのは、きっとわたしといるときくらいだ。
丁寧にアドバイスしながら、悠と料理を作った。
そして、ビーフシチュー、グラタン、サラダ、パンのランチプレートが完成した。
「できたー!俺と晴の共同作業だったね」と、悠が満面の笑みで拍手をする。
「はいはい」と、わたしはそれをあしらう。
「しかし、晴はさ。料理も上手だし、計画性もあるし、優しいし、最高のお嫁さんになると思う」
「ありがとう。まぁ、悠のお嫁さんになるとは決めてないんだけどねー」
わたしはあえて冗談めかしく言う。
「くっそー!絶対に晴が結婚したいと思える男になってやる!」と、悠が意気込む。
そして、ふたりで作ったランチプレートを食べた。
「晴が作ったビーフシチューが体に染みるっ。うまいっ」
「悠も一緒に作ったでしょ」
「晴がむいたジャガイモが口の中で溶ける」
「一緒に煮込んだからでしょ。時間足らないかなって思ったけど、ちゃんとジャガイモが柔らかくなって良かった」
すると悠が、急にどこからか白いかすみ草の花束を出した。
「これ、俺からのお礼の気持ちのプレゼント。晴が助けてくれなきゃ俺は最後までやり遂げれなかったと思うんだ。本当にありがとう」
「お礼なんてべつにいいのに。でも、ありがとう」
わたしはかすみ草の花束を受け取った。
「わたしがかすみ草好きって覚えててくれたんだね」
「だいぶ前。いちばん好きな花はかすみ草って言ってたよね。俺は晴との思い出は大切に全部覚えてるんだ。かすみ草って白い小さい花が何個も咲いて淡くて綺麗でさ。晴にとっても似合う花だと思う」
悠と恋仲になってから、もうすぐ二年。
未だにわたしの胸は、彼の言葉で高鳴ってしまう。
わたしがかすみ草を好きなこと、覚えていてくれて本当に嬉しかった。
「ありがとう」と、素直に言えたがわたしは顔が熱い。
気持ちが少し落ち着くのを待ってから、前から思っていたことを悠に言った。
「ねぇ、悠。わたしからはこのギターをあげる」
わたしは悠に貸していたギターを、ギタースタンドから手に取って彼に渡した。
急なわたしからのプレゼントに、え?という表情をする悠。
「このギターを?晴の大切なギターなのに?それにこれ高いでしょ。いくらなんでもギターはもらえないよ」と、悠は慌てた。
以前からわたしは、ふたりの思い出の詰まったギターを彼にもらってほしかった。
だから今回、悠がギターでにじの曲を弾きたいと言い出したときは嬉しかった。
「もらってよ。わたしは悠にもらってほしいの」
わたしが真剣に言うので悠にも何か伝わったのか、「晴がそこまで言うならわかった」とギターを受け取ってくれた。
良かった。受け取ってくれて。
わたしはこのギターを数年後、彼にわたしの分身だとでも思ってほしいのだろうか。
このギターを見て、わたしを思い出してほしいのだろうか。
でも、それだけじゃない。
このギターもこの先、悠に長く弾いてもらったほうが嬉しいだろうと思ったのだ。
「ありがとう。しかし、まじか。うっわ。よく見たら本当に格好良いギターだなぁ。本当にもらっちゃっていいの?」と、悠がギターをまじまじと眺める。
「いいって言ってるでしょ」と、わたしは微笑んだ。
「このギター大切に使うよ。これからも保育園の子どもたちと歌うときに弾くよ」
「うん。楽しみにしてる」
「でも、晴先生のほうが上手って子どもたちに言われるんだろうな。子どもは正直だからさ」
悠がそう言って、ふたりで笑った。