朝、起こす人がいないのでふたりとも寝過ぎてしまい、時計を見るともう十時だった。


 仁美さんは、日曜日でも仕事なのですでに家にはいない。


 家の裏側にある畑に向日葵を摘みに行くと、茄子、胡瓜、南瓜などの夏野菜の手入れをしている、悠のお父さんである正志さんがいた。


 「おぉ、悠、晴ちゃん。久しぶり、母さんから話は聞いてるよ。小屋に園芸用の鋏があるから、それで好きな向日葵を摘むといい」


 正志さんが、畑仕事でこんがり焼けた肌に滴る汗をタオルでふきながら言った。


 「ありがとうございます」と、わたしは頭を下げる。


 悠は相変わらず何も喋らない。


 「向日葵摘むよ、ついてきて、ぼーっとしてないで悠も良いの選んでよ」


 わたしはそう言って、昼行灯のような悠を引っ張って連れて行く。


 「あ、うん。ごめん晴」


 「謝んなくていいから、悠はどの向日葵がいい?」


  悠は並んだ向日葵を見て少し考え「うーん。これかな」と、太陽のほうをまっすぐ向いた向日葵をひとつ指差した。


 「じゃあ、わたしはこのとなりに咲いてるやつ」


 「そんな適当に決めていいの?いつもの晴だったらすごく悩みそうなのに」と、悠は首を傾げる。


 「適当じゃないよ、だってわたし、悠のとなりがいいもん」


 「ははは、ありがとう晴」


 わたしたちは何本かひまわりを摘んで、持ち帰るために切った茎のところに濡れティッシュと、その上にアルミホイルを巻いて袋に入れた。


 夏の青空には真っ白な大きな入道雲が浮かぶ。


 摘んだ向日葵を空に翳すと、青と白と黄色のコントラストがとても綺麗だった。


 この空も向日葵も笑っているみたい。


 わたしがそう呟くと、悠がとなりで優しく微笑んだ。


 「ねえ、悠。写真とろっか」


 「お、いいねえ」


 そして、わたしはスマホのインカメラで空と向日葵畑が入るようにして、悠と記念写真を撮った。


 そのあと正志さんに挨拶をして、わたしたちは畑をあとにした。


 時間を見るとすでに昼時で、K駅近くの『夏蜜柑』という定食屋でランチをすることにした。


 わたしは洋風ランチを頼み、悠は和風ランチを注文した。


 注文したランチが来てすぐ「晴、エビ好きだよね、あげる」とエビの天ぷらの、二本あるうちの一本をわたしの皿に悠が乗せた。

 
 悠はいつもあたり前のように、わたしの好きなものをくれようとする。


 「ちょっと、わたしばっかりいいよ、だったら」と、わたしもステーキをナイフで半分に切り、悠が好きな大根おろしソースがたっぷり付いたほうを、彼の皿に乗せた。


 「えー、こんなもらったら悪いよ」


 「いいの、わたしがあげたいの」


 「じゃあ、俺ももっとあげるよ」


 「さすがにそんなに食べれないよ」と、わたしが笑ったら「ごめんごめん」と、悠も微笑んだ。


 「悠のおじいちゃんとおばあちゃんも、こんなふうだったのかな」


 わたしは鞄の横に立てかけた向日葵を見つめて呟いた。


 「物心ついた頃に、もうばあちゃんはいなかったから直接見たことないけど仲良かったと思う」


 「何十年もおじいちゃんは、おばあちゃんを想い続けて、毎年夏になると向日葵を育てて飾ってたんだよね」


 「そうだね」


 「その事実だけでおじいちゃんが、おばあちゃんをだいすきだったってわかるよ」


 そう。だいすきだからこそ離れ離れになってしまっても、ずっと想いつづけてしまうのだ。


 いつまでも、いつまでも。


 でも悠はまだ若い。


 おじいちゃん、おばあちゃんと同じではない。


 悠に寂しい思いはさせられない。でも今だけは一緒にいたいのだ。


 悠のとなりにいたい。


 どうしても、そう思ってしまうのだ。


 決意をしたはずなのに。


 「帰ったらお互いの部屋に向日葵飾ろうね」と、店を出てからわたしがそう言うと「うん」と、悠が微笑んだ。