悠の実家に着くと、家族の誰かが帰ってきているらしく、玄関の電気がついていた。
玄関のドアを開けて中に入る。悠は久しぶりの実家だというのに無愛想な顔をしている。
「あら悠、おかえり。晴ちゃんもいらっしゃい」
物音でわたしたちが来たことに気づいた、仁美さんが玄関まで来て迎え入れてくれた。
悠のお母さんである仁美さんは背は低いが、顔が悠とそっくりで親子なのだとすぐわかる。
「仁美さん、お久しぶりです」と、わたしは挨拶をした。
「せっかく帰ってきたんだからお母さんにちゃんと挨拶しなよ」
わたしにそう言われてから、むすっとした顔のまま悠が「ただいま」とぼそっと呟く。そして、すぐに仏壇に向かってすたすた歩いていった。
以前、悠の実家に来たときも彼はこのような素っ気ない態度だった。いつもの悠からは想像ができない。
悠は自分の両親と何かわだかまりを抱えてしまっている。
でも今のわたしには、そのわだかまりをどうすることもできない。
なんとか間に合うといいのだけれど。
そのうち悠とこのわだかまりについて改めて話そう。
悠にとって余計なお世話だとしても、わたしは彼のためになんでもすると決めている。
それでケンカになってわたしが傷ついてしまってもいい。
悠のためなら、わたしはなんだってやる。いつかわたしのことで立ち直れなくなってしまったとき、彼の味方がひとりでも多いほうがいい。
「ただいま。じいちゃん、ばあちゃん、帰ってきたよ」
悠は仏壇の前で線香をあげて手を合わせた。
わたしも悠に倣ってとなりに座り、持ってきた香典のお菓子を置いてから手を合わせた。
仏壇には、太陽のように力強く咲いた向日葵が花瓶に飾られている。
「今日はお祭りだったわね、花火は見れた?」
仁美さんがお盆で持ってきた湯呑みのお茶を、わたしたちの前に置いた。
「はい。とても綺麗な花火でした」と、相変わらず一言も喋らない悠の代わりにわたしが答える。
「じいちゃんと、ばあちゃんも花火が好きやったからねぇ」
そう言って仁美さんが仏壇を見つめた。
「そうなんだ」
悠が一言呟きしばらく沈黙がつづいた。
沈黙に耐えきれず、何か話さないと息が詰まりそうで、わたしは咄嗟に口を開く。
「そういえば、仏壇の向日葵とても立派で綺麗ですね」
「うふふ、そうでしょう。これ今日の朝の採れたてなのよ」
「採れたてってことは、うちで向日葵を育ててるんですか?」
「そうよ。毎年、夏になると畑の一角を向日葵畑にするの」
悠の肩がぴくっと動く。
「まだ向日葵育ててたんだ。畑は危ないからやめなよ」と、険しい表情で悠が呟く。
「うーん、でもね。向日葵はばあちゃんがいちばん好きだった花なのよ。それを毎年じいちゃんが大切に育ててたのよね」
「でも、そのじいちゃんは畑で熱中症になって死んじゃったんだよ」
「あんたは、そう言うけどね。わたしはじいちゃんが畑で亡くなったのは、すごくじいちゃんらしい最後だったと思うわ」
「なんでだよ」
悠が刺すように仁美さんを睨む。
ふたりが口論を始めてしまうのではないかと冷や冷やしたが、家族でもないわたしが口を挟める内容じゃない。今は黙っていよう。
それに、ちゃんとお互いが気持ちを伝え合うことが大事なのだ。
「じいちゃんね。あの日もばあちゃんが好きな向日葵を摘みに行ったのよ。夏になると太陽をたくさん浴びた向日葵をばあちゃんに見せたいって。いつも花瓶の向日葵が枯れたら、すぐ新しい向日葵にじいちゃんが取り替えていたわ」
「そうなんだ。そのことは初めて聞いたよ」
そう言った悠の声色はさっきより落ち着いている。
「あの畑と向日葵にはじいちゃんとばあちゃんの思い出が詰まってるの。だから母さんと父さんが動けるうちは守っていこうって決めたの」
なんで今更…。わたしはとなりの悠が小さな声でそう呟いたのがわかった。
過去に畑で起きた出来事は、悠にとっておじいちゃんとの突然な悲しいお別れになってしまった。
だけど、それはおじいちゃんとおばあちゃんの、愛の形の結果だったのかもしれない。
「仁美さん」
「なあに?晴ちゃん」
「帰るとき、わたしも畑で向日葵をもらってもいいですか?」
「大歓迎よ。きっとじいちゃんとばあちゃんも喜ぶと思うわ。今日はもう遅いけど泊まっていくの?」
「はい、そのつもりです」
悠が答えるわけがないので、わたしが答える。
「なら明日の朝に摘みにいくといいわ。じゃあ、悠の部屋に晴ちゃんの布団も用意しとくわね」
「ありがとうございます」
わたしは仁美さんに頭を下げた。
悠がトイレで席を外したときに「晴ちゃんって本当に礼儀正しくてしっかり者で美人だし、悠には勿体無いくらい自慢の彼女だわ」と、仁美さんがこそっとわたしに言って微笑んだ。
「わたしたち家族の事情で気を遣わせてしまってごめんなさい」
頭を下げて謝る仁美さんに、わたしはふるふると首を振った。
むしろ普段は、わたしが悠や周りの人たちに気を遣わせてしまっている。
悠の素直な性格、仁美さんの人柄の良さを考えると、このふたりは何かすれちがってしまっているのだとわたしは確信した。
きっとわかり合えるはず、この家族のわだかまりをなんとかしたい。わたしはそう心の中で密かに誓った。
そのあと、お風呂を借りてから、悠の部屋でいざ寝ようとしたとき。
わたしは悠のベッドなのだから、悠にベッドを使ってほしかったのに「客人をましてや大切な彼女を床で寝せるわけにはいかない」と、言い張ってわたしにベッドを貸して、彼は床の布団で横になった。
今日はたくさん動いたので体力のないわたしは、ベッドの寝心地の良さもあり、布団に入った途端ぐっすり寝てしまった。
となりで子どものようにすぐ寝てしまうわたしに、微笑む悠の気配を感じた。
玄関のドアを開けて中に入る。悠は久しぶりの実家だというのに無愛想な顔をしている。
「あら悠、おかえり。晴ちゃんもいらっしゃい」
物音でわたしたちが来たことに気づいた、仁美さんが玄関まで来て迎え入れてくれた。
悠のお母さんである仁美さんは背は低いが、顔が悠とそっくりで親子なのだとすぐわかる。
「仁美さん、お久しぶりです」と、わたしは挨拶をした。
「せっかく帰ってきたんだからお母さんにちゃんと挨拶しなよ」
わたしにそう言われてから、むすっとした顔のまま悠が「ただいま」とぼそっと呟く。そして、すぐに仏壇に向かってすたすた歩いていった。
以前、悠の実家に来たときも彼はこのような素っ気ない態度だった。いつもの悠からは想像ができない。
悠は自分の両親と何かわだかまりを抱えてしまっている。
でも今のわたしには、そのわだかまりをどうすることもできない。
なんとか間に合うといいのだけれど。
そのうち悠とこのわだかまりについて改めて話そう。
悠にとって余計なお世話だとしても、わたしは彼のためになんでもすると決めている。
それでケンカになってわたしが傷ついてしまってもいい。
悠のためなら、わたしはなんだってやる。いつかわたしのことで立ち直れなくなってしまったとき、彼の味方がひとりでも多いほうがいい。
「ただいま。じいちゃん、ばあちゃん、帰ってきたよ」
悠は仏壇の前で線香をあげて手を合わせた。
わたしも悠に倣ってとなりに座り、持ってきた香典のお菓子を置いてから手を合わせた。
仏壇には、太陽のように力強く咲いた向日葵が花瓶に飾られている。
「今日はお祭りだったわね、花火は見れた?」
仁美さんがお盆で持ってきた湯呑みのお茶を、わたしたちの前に置いた。
「はい。とても綺麗な花火でした」と、相変わらず一言も喋らない悠の代わりにわたしが答える。
「じいちゃんと、ばあちゃんも花火が好きやったからねぇ」
そう言って仁美さんが仏壇を見つめた。
「そうなんだ」
悠が一言呟きしばらく沈黙がつづいた。
沈黙に耐えきれず、何か話さないと息が詰まりそうで、わたしは咄嗟に口を開く。
「そういえば、仏壇の向日葵とても立派で綺麗ですね」
「うふふ、そうでしょう。これ今日の朝の採れたてなのよ」
「採れたてってことは、うちで向日葵を育ててるんですか?」
「そうよ。毎年、夏になると畑の一角を向日葵畑にするの」
悠の肩がぴくっと動く。
「まだ向日葵育ててたんだ。畑は危ないからやめなよ」と、険しい表情で悠が呟く。
「うーん、でもね。向日葵はばあちゃんがいちばん好きだった花なのよ。それを毎年じいちゃんが大切に育ててたのよね」
「でも、そのじいちゃんは畑で熱中症になって死んじゃったんだよ」
「あんたは、そう言うけどね。わたしはじいちゃんが畑で亡くなったのは、すごくじいちゃんらしい最後だったと思うわ」
「なんでだよ」
悠が刺すように仁美さんを睨む。
ふたりが口論を始めてしまうのではないかと冷や冷やしたが、家族でもないわたしが口を挟める内容じゃない。今は黙っていよう。
それに、ちゃんとお互いが気持ちを伝え合うことが大事なのだ。
「じいちゃんね。あの日もばあちゃんが好きな向日葵を摘みに行ったのよ。夏になると太陽をたくさん浴びた向日葵をばあちゃんに見せたいって。いつも花瓶の向日葵が枯れたら、すぐ新しい向日葵にじいちゃんが取り替えていたわ」
「そうなんだ。そのことは初めて聞いたよ」
そう言った悠の声色はさっきより落ち着いている。
「あの畑と向日葵にはじいちゃんとばあちゃんの思い出が詰まってるの。だから母さんと父さんが動けるうちは守っていこうって決めたの」
なんで今更…。わたしはとなりの悠が小さな声でそう呟いたのがわかった。
過去に畑で起きた出来事は、悠にとっておじいちゃんとの突然な悲しいお別れになってしまった。
だけど、それはおじいちゃんとおばあちゃんの、愛の形の結果だったのかもしれない。
「仁美さん」
「なあに?晴ちゃん」
「帰るとき、わたしも畑で向日葵をもらってもいいですか?」
「大歓迎よ。きっとじいちゃんとばあちゃんも喜ぶと思うわ。今日はもう遅いけど泊まっていくの?」
「はい、そのつもりです」
悠が答えるわけがないので、わたしが答える。
「なら明日の朝に摘みにいくといいわ。じゃあ、悠の部屋に晴ちゃんの布団も用意しとくわね」
「ありがとうございます」
わたしは仁美さんに頭を下げた。
悠がトイレで席を外したときに「晴ちゃんって本当に礼儀正しくてしっかり者で美人だし、悠には勿体無いくらい自慢の彼女だわ」と、仁美さんがこそっとわたしに言って微笑んだ。
「わたしたち家族の事情で気を遣わせてしまってごめんなさい」
頭を下げて謝る仁美さんに、わたしはふるふると首を振った。
むしろ普段は、わたしが悠や周りの人たちに気を遣わせてしまっている。
悠の素直な性格、仁美さんの人柄の良さを考えると、このふたりは何かすれちがってしまっているのだとわたしは確信した。
きっとわかり合えるはず、この家族のわだかまりをなんとかしたい。わたしはそう心の中で密かに誓った。
そのあと、お風呂を借りてから、悠の部屋でいざ寝ようとしたとき。
わたしは悠のベッドなのだから、悠にベッドを使ってほしかったのに「客人をましてや大切な彼女を床で寝せるわけにはいかない」と、言い張ってわたしにベッドを貸して、彼は床の布団で横になった。
今日はたくさん動いたので体力のないわたしは、ベッドの寝心地の良さもあり、布団に入った途端ぐっすり寝てしまった。
となりで子どものようにすぐ寝てしまうわたしに、微笑む悠の気配を感じた。