広い工場の中、中心のあたりに何人かの男たちが集まっているのが見える。
缶を片手にタバコを吸ったり、携帯をいじったりと自由に過ごしていたらしい彼らは、優里たち三人に気がつくと無言で道を開けた。
人だかりが割れ、その中心にいる人物が優里の視界に入る。
コンクリートの床に置かれたドラム缶。そこに静かに座っている人物に優里は見覚えがあった。
「え……」
「とうとうお姫サマ連れてきましたよ。――健太郎サン」
そう、そこにいたのは、保育園、小学校と同じところへ通っていた、ある意味理玖と並んで幼馴染と言える存在――岩橋健太郎だった。
よく優里に意地悪をしていた彼も三年間のうちに成長したらしく、身長が伸び、肩幅もガッチリした体格となっていたが、その少し吊り目がちの目つきの悪い顔立ちは変わらない。
地元でも素行が悪いことで有名な高校の制服を着崩し、ピアスを開けて派手な見た目にはなっていたが、一目で彼だと分かった。
「荻野。久しぶりだな」
「う、うん。小学校の卒業式ぶり、だよね?」
「ああ。こっちに帰ってきてたのは噂で聞いて知ってたんだが、中々会う機会がないからな。こいつらに連れてきてもらうよう頼んでたんだ。手荒なマネされなかったか?」
「大丈夫だよ」
優里の言葉に安心したように少しだけ顔を緩めた健太郎。そんな彼を見て、優里もやっと肩の力を抜いた。
彼が手を軽く振ると、周りにいた男たちが距離を取り、健太郎と二人きりになる。
「でもなんでわたしをここに連れてきたの?」
「邪魔者のせいでお前に近づけなかったんだ」
「邪魔者……?」
「あいつだ。理玖だよ」
その名前を出した瞬間、健太郎は急に剣呑な目つきになった。昔からよく理玖のことをいじめていたが、もしかしていまだに仲がよくないのだろうか?
そんな疑問が浮かんだものの、健太郎が唐突に立ち上がったので質問することはできなかった。
「荻野はあいつとまだ仲良くしてんのか」
「うん、まあ、りっくんとはお隣さんだし」
しかしそう言った途端、先ほど勢いとはいえ大嫌いと言ってしまったことが思い出され、胸が押しつぶされるような気持ちになる。
目の前で優里を見下ろしていた健太郎はその言葉に眉をギュッと寄せた。
「お前は……あいつの本性知ってんのか」
「それって、暴力振るったり、とか?」
「そうだ。まあ俺が言えたことじゃないが……。あいつが中学時代に喧嘩三昧だったことは俺らの中だと有名な話だ。あまりに非道すぎて『北中の魔王』なんて呼ばれていたからな」
優里の頭に、入学式の日、男たちをのしていた理玖の姿が浮かぶ。確か彼らのうちの一人が、理玖のことを「魔王」と呼んでいたはずだが、まさか聞き間違いではなかったとは。
優里が何も言葉を発せないでいると、健太郎が一歩距離を詰め、優里の髪へと手を伸ばしてくる。
「髪、伸びたな」
「うん、伸ばしてたから」
「そうか。昔、俺がお前の髪飾りを引っ張ったことがあっただろ?」
「ああ、あの時ね。髪の毛抜けて痛かったんだから」
「そうだよな。すまなかった」
まさか健太郎が素直に謝るなんて思ってもいなかった優里が驚いて健太郎の目を見つめると、彼も優里のことをやけに真剣な表情で見つめ返していた。
「かわいい、と、言いたかったんだ」
「え?」
「素直になれなくて、ガキだった俺はあんな態度しか取れなかったが、昔からずっとお前のことをかわいいと思っていた」
「…………」
「あいつじゃなくて、俺のことを選んでくれないか。……お前が好きだ、優里」
健太郎からのまさかの告白に、頭が真っ白になる。
彼が優里のことを好きだなんて、想像したこともなかった。
からかっているのかもしれないと思ったが、健太郎は相変わらず真剣な表情で、目を逸らさずに優里のことを見つめている。
何か言わなければ言わなければ、と口を開いた瞬間。
缶を片手にタバコを吸ったり、携帯をいじったりと自由に過ごしていたらしい彼らは、優里たち三人に気がつくと無言で道を開けた。
人だかりが割れ、その中心にいる人物が優里の視界に入る。
コンクリートの床に置かれたドラム缶。そこに静かに座っている人物に優里は見覚えがあった。
「え……」
「とうとうお姫サマ連れてきましたよ。――健太郎サン」
そう、そこにいたのは、保育園、小学校と同じところへ通っていた、ある意味理玖と並んで幼馴染と言える存在――岩橋健太郎だった。
よく優里に意地悪をしていた彼も三年間のうちに成長したらしく、身長が伸び、肩幅もガッチリした体格となっていたが、その少し吊り目がちの目つきの悪い顔立ちは変わらない。
地元でも素行が悪いことで有名な高校の制服を着崩し、ピアスを開けて派手な見た目にはなっていたが、一目で彼だと分かった。
「荻野。久しぶりだな」
「う、うん。小学校の卒業式ぶり、だよね?」
「ああ。こっちに帰ってきてたのは噂で聞いて知ってたんだが、中々会う機会がないからな。こいつらに連れてきてもらうよう頼んでたんだ。手荒なマネされなかったか?」
「大丈夫だよ」
優里の言葉に安心したように少しだけ顔を緩めた健太郎。そんな彼を見て、優里もやっと肩の力を抜いた。
彼が手を軽く振ると、周りにいた男たちが距離を取り、健太郎と二人きりになる。
「でもなんでわたしをここに連れてきたの?」
「邪魔者のせいでお前に近づけなかったんだ」
「邪魔者……?」
「あいつだ。理玖だよ」
その名前を出した瞬間、健太郎は急に剣呑な目つきになった。昔からよく理玖のことをいじめていたが、もしかしていまだに仲がよくないのだろうか?
そんな疑問が浮かんだものの、健太郎が唐突に立ち上がったので質問することはできなかった。
「荻野はあいつとまだ仲良くしてんのか」
「うん、まあ、りっくんとはお隣さんだし」
しかしそう言った途端、先ほど勢いとはいえ大嫌いと言ってしまったことが思い出され、胸が押しつぶされるような気持ちになる。
目の前で優里を見下ろしていた健太郎はその言葉に眉をギュッと寄せた。
「お前は……あいつの本性知ってんのか」
「それって、暴力振るったり、とか?」
「そうだ。まあ俺が言えたことじゃないが……。あいつが中学時代に喧嘩三昧だったことは俺らの中だと有名な話だ。あまりに非道すぎて『北中の魔王』なんて呼ばれていたからな」
優里の頭に、入学式の日、男たちをのしていた理玖の姿が浮かぶ。確か彼らのうちの一人が、理玖のことを「魔王」と呼んでいたはずだが、まさか聞き間違いではなかったとは。
優里が何も言葉を発せないでいると、健太郎が一歩距離を詰め、優里の髪へと手を伸ばしてくる。
「髪、伸びたな」
「うん、伸ばしてたから」
「そうか。昔、俺がお前の髪飾りを引っ張ったことがあっただろ?」
「ああ、あの時ね。髪の毛抜けて痛かったんだから」
「そうだよな。すまなかった」
まさか健太郎が素直に謝るなんて思ってもいなかった優里が驚いて健太郎の目を見つめると、彼も優里のことをやけに真剣な表情で見つめ返していた。
「かわいい、と、言いたかったんだ」
「え?」
「素直になれなくて、ガキだった俺はあんな態度しか取れなかったが、昔からずっとお前のことをかわいいと思っていた」
「…………」
「あいつじゃなくて、俺のことを選んでくれないか。……お前が好きだ、優里」
健太郎からのまさかの告白に、頭が真っ白になる。
彼が優里のことを好きだなんて、想像したこともなかった。
からかっているのかもしれないと思ったが、健太郎は相変わらず真剣な表情で、目を逸らさずに優里のことを見つめている。
何か言わなければ言わなければ、と口を開いた瞬間。