月曜の朝、亜子ちゃんが給湯室で田原さんに襲われた。

 田原さんはその場で秘書室の大前さんに取り押さえられ、警備に引き渡されたという。

 田原さんはナイフを持っていてかなり危険な状態だったらしいが、亜子ちゃんは軽い怪我で済んだようで、警察への通報はしなかったそうだ。

 前回のこともあり今回の件はさすがに重く受け止められ、田原さんは懲戒解雇されることになった。

 あの事件後、総務に異動した田原さんは完全に浮いていた。これまでまともに仕事をしていなかったそうで、できることがほとんどない状態だったらしい。なのに態度は不遜で、上司である坂下さんにまで反抗的な態度を崩さず‥‥普段平和な総務が田原さんへの憎悪で団結するまでに、そう時間はかからなかった。

 田原さんは仕事ができないと叱責され、あからさまに馬鹿にされ、それ以外では徹底的に無視された。次第に遅刻・早退・無断欠勤が増え始め、更に叱責され嫌味を言われる。田原さんは少しずつ壊れ始めていたのだと思う。

 今回亜子ちゃんが襲われた理由は『田中さんを私から奪ったから』だったそうだ。

 田原さんはいつからか田中さんのストーカーと化していたらしく、田中さんを尾行して家を突きとめ、休みの日は一日中彼の家を見張っていたらしい。そして、亜子ちゃんと田中さんが一緒にいるところを目撃してしまったのだ。

 自分が総務に飛ばされたのは亜子ちゃんが秘書室に異動するため‥‥田原さんの中でいつの間にかそれが事実となっていて、自分が総務でつらい思いをしてるのは全部亜子ちゃんのせいということになっていた。

 そして、田中さんは社長に無理矢理亜子ちゃんを押しつけられている、というのが田原さんの頭の中の事実だった。亜子ちゃんさえいなければ、自分が田中さんと付き合える‥‥そう考えた結果が今回の襲撃に繋がった。

 今回の件に関して、田中さんは直接の被害はなくとも尾行され見張られていただけの完全な被害者だ。

 田原さんは両親のいる田舎に戻されることになったらしい。接近禁止の手続きも行っているようなので、万が一田原さんが何かすれば次はないと予想される。

 だとしても、また同じようなことが起こらないとも限らないのだ。

 亜子ちゃんが幸せならそれでいいと思ったから俺は身を引いた。だけど‥‥もし田中さんが亜子ちゃんのことを好きじゃないなら、こんな危ない目に合うリスクがあるのに、それは本当に幸せだと言えるんだろうか?

 それでも亜子ちゃんは田中さんのことが好きなんだろう‥‥だったら‥‥身を引くべきは俺ではなくて田中さんの方ではないか?

 亜子ちゃんはそれを望んでいないだろう。

 でも亜子ちゃんは田中さんのせいで襲われたのだ。黙って見守るだけなんて、そんなの無理に決まってる。

 俺は会議が終わる時間を見計らって、田中さんに声をかけた。