深山さんに釘を刺されるまでもなく、打ち上げの日以降、橘さんを見かけることは全くなくなった。

 それまでも会議で週に2時間程しか会っていなかったはずなのに、エントランスやエレベーターホールを見回して、つい彼女を探してしまう。彼女によってできた穴は、思っていたよりも大きかったらしい。

 それは俺個人に限った話ではなかった。

 新しいタスクに取りかかったものの、想像以上に進みが悪い。問題点をあげるだけでも一苦労なのだ。

 特に橘さんの後任で入ってきた安川さんという人があまりにもたちが悪い。目立ちたがりで大口を叩くも発言に中身がなく、見当違いも甚だしい。はっきりいって邪魔でしかない。勉強不足で会議についてこれないのなら、口を閉じていて欲しい。

「安川さん、また話の論点がずれています。今はそういう話はしていませんよ?私の話、ちゃんと聞いてましたか?発言はよく考えてからしてもらわないと、話が前に進みません。内容の把握ができていないなら、せめて今日の分だけでも理解できるよう、聞く努力をして下さい」

 何度注意しても彼の発言は止まらない。この人の場合、意識改革とか以前の問題だ。俺より年上だよな?なんであんな中身のない発言でどや顔してるの?見てるこっちが恥ずかしいレベルじゃないか?

「はああ‥‥まだ早いですが、今日はもう終わりにしましょう。山崎さん、この後少しお時間いいですか?」

 語らずとも俺の言わんとしていることを理解しているのだろう。他のメンバーが会議室を出たのを確認してから、山崎さんが神妙な顔をしてこちらにやってきた。

「本当に申し訳ない‥‥」

 山崎さんが開口一番で謝ってきた。

「他に適任者はいなかったんですか?正直、彼ならいない方がまだましですよ?」

「橘のいた課はあいつがほとんどひとりで回してたんだ。若い奴らをうまく育ててくれるから安川以外はみんな橘より若くてね。異動の時期なら他から回すこともできたが、今回はそれも難しくてなあ‥‥」

「事情はわかりました。ですが、このまま彼が会議を妨害し続ければ、どんなに時間をかけてもまともなものはできないと思いますよ」

「はあああ‥‥まだ1週間しか経ってないってのに、通常業務の方も既にボロが出てきてるんだよ‥‥橘、戻ってきてくんないかなあ‥‥」

「事務方のリーダーはまだ2人いるので、彼らにもう少し頑張ってもらいましょう。安川さんは‥‥これまでの会議音声、残ってますよね?それを全て聞いて勉強してもらってからの参加にしませんか?60時間位かな?倍速で聞いたとして‥‥その気になれば1~2週間で聞ける量ですしね。それでも無理ならそれを何度でも繰り返してもらいましょう」

 俺の提案に山崎さんが引いている。だが、あんなにも優秀だった橘さんの後任がアレなことに、ブチギレずにはいられない。

 橘さんが抜けた穴はあまりにも大きかった。