少し前から田中さんとのお付き合いが始まっていた。だから、深山さんのこの申し出は受けるわけにいかない。

 でも、真剣に想いを伝えてくれた深山さんの告白を適当に誤魔化すことなんて、私にはできそうにない。どうやってお断りすればいいかがわからず、途方に暮れてしまった。

「まだ、田中さんのことが好き‥‥?」

 黙り込んでしまった私を気遣い、深山さんが気まずそうに聞いてきた。やはり、最初の日に私が話した内容を覚えていたらしい。

 二重の意味で恥ずかしいが、誤魔化しようもないので頷くことで返答する。

「そっか‥‥そうだよね。でも、俺はそれでも構わないと思ってる。この数ヶ月、亜子ちゃんを見かけることすらできなくて、本当につらかったんだ。付き合ってみたら亜子ちゃんの気持ちも変わるかもしれないし、そうじゃなければ俺もきっぱりと諦められると思う。なんなら期限を設けたっていい」

 駄目だ。本気の深山さんが引くことはないだろう。もう本当のことを話すしかない。

「深山さん‥‥実は私、ひと月くらい前から、田中さんとお付き合いさせて頂いてるんです」

「‥‥‥‥え?」

「父と同じで兄に交際をすすめられて‥‥ご存知の通り私は以前から田中さんのことが好きだったので、田中さんが話に前向きだったのをいいことに付き合うことになったんです」

「なんで‥‥社長はそのことを知らないの?」

「父にこのことを話せば強引に結婚の話を進められてしまうから、まだ秘密にしてるんです」

「え?なんで?結婚は考えてないってこと?」

「もちろんそうなればいいって思ってます。でも、田中さんの気持ちを無視して強引に話を進めるのは違うかなって‥‥気持ちがないまま結婚したら、きっとお互い不幸になると思うから」

「え?どういうこと?田中さんは亜子ちゃんのことが好きじゃないってこと?」

「はっきりと確かめたわけではないのでわかりませんけど‥‥多分。凄く気遣ってくれますし優しくしてもらってるんですよ?しかたなく付き合ってる、とかでもないと思います。でも、私のことが好きだから付き合ってるわけではなさそうっていうか‥‥」

「ちょっと‥‥意味がわからないんだけど‥‥」

「そうですよね‥‥でもさっき父が言ってたみたいに、恋人も好きな人もいないからとりあえず試しに付き合ってみようって感じで始まってるので、今はまだ私の片思いなんだと思います」

「亜子ちゃんは‥‥それで幸せなの?」

「うーん‥‥少なくとも今はまだ、幸せだと感じてる‥‥かな?でも、この気持ちがいつまで続くかは私にもわかりません。ある日突然むなしいと感じるかもしれませんしね」

「だから、社長には言えないってことか‥‥」

「はい、そうなんです」