「ああ、深山君。久し振りだね?」

 珍しく外出予定のなかった社長と、あの事件振りに対面することになってしまった。役員もそうだが、社長と顔を合わすのは無条件で緊張するが仕事なのだからしょうがない。

 作業中はパソコンが使えなくなるので、暇をもて余した社長が何故かノリノリで話しかけてくる。手順を間違えそうで焦るからできることならそっとしておいて欲しいが、俺に社長を止める術はない。

「深山君て確か亜子と親しかったよね?」

「あー‥‥橘さんが営業にいた頃は一緒に仕事をすることが多かったので」

「いやいや、一緒に食事に行ったりとかしてたんだろ?噂になってたって聞いてるよ?」

「まあ、何回か食事に行ったりもしました‥‥」

 何これ、尋問を受けてるのか?やばい?もしかして俺、今やばい感じ?

「実はさー少し前から亜子に結婚相手を探しててさ、何人か会わせたりとかしてたのよ。結構いい相手を揃えたつもりだったんだけど、反応がいまいちでね?そしたらこの前、しばらく紹介はしなくていいって言われちゃって」

「はあ‥‥」

 尋問ではなかったみたいだが、俺は一体何を聞かされているんだろうか?

「ほら、私が紹介する相手だとどうしても結婚が前提になるだろ?ちょっと違うなって感じても断りづらくなるから、変に深入りできないと感じるみたいなんだ。無理強いはしたくないと思ってお見合いではなく紹介って形をとったのが裏目に出たらしい‥‥」

 社長は本当に亜子ちゃんを大切に思ってるんだな‥‥そういえば、あの事件の時の社長と常務の怒りようは凄かった。

「亜子は自分で婚活すると言って色々頑張ってるみたいだが、今のところ進展があるようには思えない。それでね?もしかしたら元から仲良くしてる相手となら意外とうまくいくんじゃないかと思ったんだけど、深山君はどう思う?」

「え?あの‥‥どう思うって‥‥?」

「亜子のことどう思ってるかってことだよ。2人で食事に行くくらいだから、それなりに好印象ではあるんだろ?まあもちろん亜子が深山君と結婚したいと思うかどうかは私にもわからないが、君にその気があるなら試してみる価値はあるだろう?」

「‥‥正直、橘さんのことは好きです。でも橘さんは私をそういう対象としては見てなくて、多分それはこの先も変わらない気がします」

「以前亜子がそんなことを言ってたから、それを承知の上で聞いてるんだよ。あの子は過保護に育ててしまったせいで、私が知る限り恋愛経験はないと思う。だから実際に付き合ってみて気づけることもあるんじゃないかと思ってるんだ。うまくいかない可能性もあるから、亜子を好きだと言ってくれている深山君には少し酷なお願いかもしれないけどね‥‥」

 負けが濃厚ではあるが、このまままた会えない日々が続くなら同じことなのかもしれない。

 せっかくのチャンスなのだ。俺は社長の話に思い切ってのることにした。