田中さんが黙りこんでしまった。やっぱり面倒臭いと思われてしまったのだろうか?

「あの!大丈夫です!父のことはこっちでどうにか誤魔化すので、田中さんは何も心配しないで下さい!」

「でも、それだとお見合いが続くってことだよね?俺は別に結婚前提で交際してるってご両親に挨拶に行っても構わないよ?」

 いやいやいや、そんなことしたら父が強引に話を進めてあっという間に結婚させられちゃいますよ?田中さんは父の推しですからね?

「田中さん、まだしばらくはうちでの仕事が続きますよね?兄は軽い感じで言ってましたけど父がどう思うかはわからないし、もし何かあったら仕事がしづらくなってしまいますよ?」

「でも‥‥」

「本当、大丈夫なんで。変なこと言ってすみませんでした。せっかくなんでもっと楽しいお話をしましょう?」

 田中さんを困らせたいわけじゃない。

 どうして私と付き合おうと思ったのかとか結婚についてどう思ってるのかとか、本当は聞きたいことがたくさんある。けどそれを聞いてしまったら、今の幸せはきっと半減してしまうだろう。少なくとも今はまだ、田中さんの本音の部分は知りたくない。

 憧れていた田中さんと運良く親しい関係になれたのだ。この幸運をもう少しくらい味わっても、ばちは当たらないと思いたい。

「亜子ちゃんがご両親に黙っていたいなら無理にとは言わないけど、困ったらすぐに相談して欲しい。俺はいつでも挨拶に伺う心づもりでいるから、ね?」

「わかりました。ありがとうございます」

「あと‥‥亜子ちゃん。確か、俺のことは名前で呼んでくれるんじゃなかった?さっきからずっと名字で呼ばれてるんだけど?」

「あ!ごめんなさい。慣れなくて、つい‥‥」

「いや、慣れなくて照れてる亜子ちゃんはかわいいし、全然慣れる必要はないんだけどね?」

 くううう~!これは!前回のランチでも登場した、ちょっと意地悪な田中さんじゃないですか!そのにやにや顔、レアリティが高過ぎる!

「み、光希さん‥‥仕事の時とキャラが違い過ぎて、もうどうしたらいいか‥‥」

「亜子ちゃん‥‥この程度でねをあげてたら、この先大変だよ?俺、まだ全然本気出してないからね?」

 そう言って妖艶な微笑みを浮かべながら身を乗り出してきた光希さんが、私の左手をそっと包み込む。

 光希さんは王子様じゃなかった。インキュバスだ。間違いない。そういう系に免疫がない私は、今の一撃だけで根こそぎ魂を持っていかれてしまった。