個室で私と兄の到着を待っていたのは、田中さんだった。

 お見合いの相手とちゃんと向き合おうと決意した途端にこれって‥‥運命のいたずらがちょっと過ぎるのでは?

「橘さん、お久し振りです」

 久し振りに見た田中さんは心なしか元気がないようにも思えたが、それでもやっぱりイケメンで、キラキラも健在だ。

 簡単に挨拶を済ませ兄と並んで席につく。予約の際に料理をお任せで頼んでいたらしく、とりあえずビールで乾杯し、食事が始まった。

「田中がいるって話したら、亜子は来たがらなかっただろ?強引に誘って申し訳ないとは思ったが、田中がどうしても亜子に謝りたいっていうから、話だけでも聞いてやって欲しいんだ」

「謝るって‥‥?」

「橘や深山さんから噂のこと聞いたんです。橘さんが酷い中傷をされた上に異動が必要になる程追い詰められてしまったって‥‥俺の配慮が足りなかったせいで、本当に申し訳ありませんでした」

 田中さんが土下座する勢いで頭を下げ、慌ててしまう。

「そんな、やめて下さい!田中さんは何も悪くないんで、本当に頭を上げて下さい!」

「いや、俺が悪いんです。俺が女性に関わるとろくなことにならないってわかってたのに、油断して安易に橘さんを誘ったりしたから‥‥」

「誘ったっていってもあれは仕事の延長だったし短時間のランチだったじゃないですか‥‥それにあの日田中さんとご一緒できて、私はとても嬉しかったんですよ?逆にお礼を言いたいくらい‥‥だから本当に気にしないで下さい」

 田中さんは頭を上げてくれたものの、申し訳なさそうな表情は変わらない。どうしたものかと困っていたら、横から兄が口を挟んできた。

「ん?ちょっと待って?亜子、田中と食事して嬉しかったって‥‥?」

 なーーーっ!!!どうしてこの人はこんなにもデリカシーがないの!?うっかり余計なことを口走った私も悪いが、今その話を突き詰める必要はなくないか!?

 恥ずかしさのあまり顔が赤くなるのを感じて口ごもっていると、兄が追撃を加えてきた。

「え?あれ?もしかして亜子って田中がタイプだった?」

「お兄ちゃん!もう、本当やめて!?」

 これでは兄の言葉を肯定したのも同然だとあとから気づいたが、時既に遅し‥‥私達のやり取りを目にした田中さんまで照れたような顔をして‥‥実に眼福である。

「いや、まじか。灯台もと暗しってこれのことだな。へえー」

 照れ合う私と田中さんを交互に見ながら、兄がいかにも何か閃いた!みたいな顔をした。絶対ろくなことじゃないから、本当にもう口を開かないで欲しい。