伊東さん達が仕事を覚え始めたことで余裕ができ、私は社長である父の指示で接待や会食に同行するようになった。

 秘書というよりは娘を紹介するための同行らしく、行く先々で繰り広げられる父の娘自慢に四苦八苦させられている。

 時には同年代の若い男性が同席することもあり、その後父からさりげなく感想を求められたりもした。これはもしかしてお見合いなのか?

 お見合いとは釣書を交換して振り袖とかで会うような畏まったものを想像していたのに、なんの前情報もなく仕事として連れて行かれた場で対面させるなんて‥‥父は一体何を考えているのだろうか?

 でもおそらく、そうやって紹介された男性は父が厳選に厳選を重ねた人達なんだと思う。どの人もみな清潔感があって健康そうで将来有望な立派な人だった。

 結婚相手としては理想的だし素敵だな、とも思う。だが、彼らによって田中さんへの気持ちが塗り替えられることもなく‥‥これでは何人男性を紹介されても意味がない。

 文句のつけようがない男性達より、もう何ヵ月も会っていない田中さんの方がいいと思えるなんて‥‥それが恋だと言われてしまえばそれまでだが、正直意味不明である。

 やはり君島さんが言っていた通り、一度田中さんにど派手に振られて気持ちを切り替えた方がいいのだろうか?

「亜子、今日って父さんの会食予定ある?」

 ぼんやりと考え事をしながら午前中にあった会議の議事録を作成していたら、秘書室に突然兄がやってきた。

「いや、今日は接待も会食もなかったと思う」

「良かった。それなら急で悪いんだけど、今夜俺の会食に同行してくれる?7時に店を予約してあるから、駐車場に6時半ね」

 強引に予定をねじ込んで、兄は颯爽と消えていった。兄のスケジュールを確認しても会食の予定は入っておらず、誰とどこで会うのかは謎のまま‥‥会食って言ってたし仕事なんだろうけど、あまりにも勝手が過ぎる。

 とはいえ、仕事ならばしょうがない。他に同行者はおらず、兄の運転で向かった先は小さな小料理屋だった。

「お連れ様はもう到着されてますよ」

 兄の行きつけの店なのか、親しげに話す女将に案内されたのは奥の座敷だ。

 車内で会食の相手を尋ねても、はぐらかされるばかりで詳細は語られない。このパターンは父で何度も経験している。おそらく中で若い男性が待っているのだろう。

 事前に紹介の場だと話せば私が逃げるとでも思っているのだろうか?

 いや‥‥ちゃんとしたお見合いだと相手に興味を持てなかった場合、その都度お断りをしなければいけなくなるのか。こうして騙し討ちのように紹介することで、私の精神的な負荷を軽くしてくれているのかもしれない。

 父と兄はどこまでも私に甘い。もうすぐ私は30歳になるのだ。いつまでも甘えてばかりではいられない。そろそろ逃げるのはおしまいにしなければ。

 そう決意して、私は個室に足を踏み入れた。