「噂といえば、システム部の深山君とはその後連絡は取ってないのか?」

「仕事で顔を合わせることがなくなったし、マクロの勉強も今はあまり必要ないからねー」

「そうか、頑張ってたのに残念だが‥‥それもそうだな」

「そのかわりってことでもないけど、今は資格の勉強してるんだ。実際に受験するかは決めてないけど、仕事の役には立ちそうだから」

「仕事を頑張るのもいいが、少しはプライベートの方も考えるべきだぞ?前に父さんが見合いの話をしてただろ?このままだと本当に見合いで結婚もありえる‥‥亜子はそれでいいのか?少しでも前向きに考えられる相手がいるなら、今ならまだ間に合うと思うが‥‥」

 根っからの箱入り娘な私は女子校から女子大へと進み、そのままこの会社に入社した。恋人を作ろうと努力はしてみたものの、自分に自信を持てない私はなかなかチャンスを掴むことができなかった。

 恋をした経験はある。でも好きな人を振り向かせる方法がわからなくて、何もできないまま終わることを繰り返していたのだ。

 会えなくなって数ヶ月、田中さんを好きな気持ちはいまだ心の奥にしまわれたままになっているが、想いが強かった分時間がかかっているだけで、これもきっといつものように終わりがくるのだろう。

 もし田中さんを好きになっていなければ、私は深山さんに特別な感情を抱いていた可能性もあったと思う。男性と個人的に親しくなること自体が私には珍しいことなのだ。兄がいつまでも深山さんに拘り続けるのは仕方がないのかもしれない。

「私だって恋くらいしたことあるよ?残念ながらそれが実ったことがないだけ。この年まで自力でどうにもできなかったのに、今更どうしようもないよ。焦って変な人にあたるより、お父さんに任せる方がいいかもと思ったのは本当なの。お父さんやお兄ちゃんみたいに私を守ってくれるような優しい人なら、例え出会いがお見合いでも、きっと幸せになれるでしょ?」

「だったら、その相手は深山君でも同じじゃないのか?彼の気持ちはわからないが、亜子のことを憎からず思ってるからこそ親切にしてくれてるんだろうし‥‥」

 深山さんに拒否感があるわけではないが、田中さんに想いを残している状態で彼を知る人とどうこうなるのは気まずいにも程がある。そもそも、深山さんには以前酔った勢いで田中さんへの熱い想いを語ったことまであるのだ。絶対に無理。

「いや‥‥社長の娘だって公表しちゃったし、深山さんに限らず社内の人との恋愛はちょっと気まずいよ。私も余計なこと考えちゃいそうだし‥‥ほら、出世のためかも?とか‥‥」

「確かに‥‥深山君にそのつもりがなくても、周りがそう感じたら肩身の狭い思いをするのは彼だもんな‥‥」

「そうそう。だから何度も言ってるけど、もう深山さんのことは忘れて?ね?」

「そうか‥‥彼はアリだと思ったんだがなあ‥‥」

 心底残念そうにしている兄‥‥だが、私が好きなのは深山さんじゃなく田中さんなのだ。こればっかりはしょうがない。