「妹さんのこと、山崎さんから少し聞いたんだが、一体何があったんだ?」

 乾杯してすぐ、俺が前置きもなく質問を投げると、橘が不快そうに眉をしかめた。

「亜子がお前をかばうからこれまで何も言わなかったが、今回のことは半分お前のせいでもあると俺は思ってたんだ」

 俺のせい‥‥?橘はなんの話をしてるんだ?

「ちょっと待ってくれ。俺は彼女が社長の娘だと公表されたことについて聞いてるんだが?」

「だからそれがお前のせいだって言ってる」

「え?どういうことだ?」

「お前、亜子と食事しただろ?それが社内で噂になったんだ。それこそ役員の俺の耳に届く程にな。噂は個人を酷く中傷するものだったが亜子は黙ってそれに耐えてたよ。だが更に亜子を貶めようとした馬鹿が俺と亜子の不倫疑惑を社内で流したんだ。俺はあの会社の役員だ。その情報が外に出たらどうなるか、わかるだろ?噂を外に出さないためには、亜子と俺が兄妹だと公表するのが最善の方法だった。でもそのせいで亜子が営業部にいづらくなって‥‥それで仕方なく異動させることになったってわけ」

 橘さんと食事をしたのはだいぶ前の話だ。あの後彼女から避けられるようになったのは、噂が原因だったのか‥‥たった一度食事をしただけで、まさかこんな大事になるなんて‥‥

「亜子と食事に行って噂になってた奴は他にもいる。お前の見ためが良過ぎるのが悪いとまでは言わないが、ここまで結果が違ったのは、お前の配慮が足らないからじゃないのか?うちの社員からの誘いをずっと断ってたお前が、なんで亜子とだけ食事に行くなんて中途半端なことしたんだよ」

 橘の指摘の正しさに、俺は言葉を失った。確かに配慮が足りなかった。橘さんと食事に行くなら目立たないようにすべきだったし、それができないなら食事に行くべきじゃなかった。

「‥‥す、すまん。それは確かに俺が悪い。半分どころか、全面的に俺のせいだ‥‥」

 あまりのショックに手で口を覆ったまま茫然自失となる。そんな俺の様子を見て、橘が矛を収めた。

「まあ、もう過ぎたことだ。当の本人がお前のことを責めてないわけだし、この話はこれで終わりにしよう。それより今後の方が大事だろ?販売系は亜子が抜けるとやばいって山崎さんが言ってたが、その辺は大丈夫なのか?」

「あ、ああ。それはなんとか‥‥」

 そこからは仕事の話になったが、うまく気持ちを切り替えることができない。

「亜子のことはもう本当に大丈夫だから、そう気にすんなって」

 責められていたはずの俺が逆に慰められる形となり、その日は早々に解散となった。俺の頭の中は橘さんへの罪悪感でいっぱいだった。