長い間恋人のいなかった俺は、この数年仕事以外で女性と食事をする機会がほぼなかった。

 橘さんとのランチも一応仕事の延長ではあったが、あれを仕事と呼ぶには少し無理があると感じる程楽しい時間だった気がする。

 具がたっぷりと挟まったサンドイッチを頬張る橘さんはなんともかわいらしくて思わず頬が緩むのを感じた。ひと口が大き過ぎたのか中々飲み込めない様子で、話しかけると口を押さえて恥ずかしそうにしている。その様子がまたなんともかわいらしい。

 黙々と食べるのも気まずいが、食べながら話すには具沢山のサンドイッチは難易度が高いのだろう。橘さんがサンドイッチを口にしては必死で飲み込んでいることに気づき、あわよくば残りの半分を俺が引き受けようと会話を誘導してみれば、あっさり誘導されてくれた。

 あまりにも簡単に誘導されてしまう素直な橘さんは、慎重なようで少し抜けたところがあるらしい。

 常に微笑んでいる印象がある橘さんだが、逆にいえば感情が顔に出ることは少ないんだと思う。慎重に言葉を選んでいるのかゆっくりと話すその雰囲気は優しいが、どこか壁を感じる。

 友人の妹ということもあり、少し距離感がバグっていたかもしれない。その壁で彼女が守ろうとしているものはなんなのか?壁の向こう側を少し覗いてみたい‥‥そんな軽い好奇心で入ってはいけない場所に土足で踏み込むようなことを俺はしてしまったのだ。

 橘さんの表情が曇ったことで、ようやく自分のミスに気づいたが、慌てて質問を取り消してもあとの祭りである。

 優しい橘さんは慌てる俺を気遣って質問に答えてくれたが、彼女にとってはそう軽くもない話を無理にさせてしまったようで罪悪感が凄い‥‥実際微笑みながらも恥じ入った様子の橘さんに胸が痛む。

 申し訳なさ過ぎて思わず必死でフォローしてしまった。少しやり過ぎてしまったのか、橘さんが照れ始めてしまう‥‥なんだこれ、かわい過ぎるのだが?

 照れる彼女があまりにもかわいいから調子に乗って怒らせてしまったが、そんな真っ赤な顔で責められてもかわいいだけである。

 自分の顔が緩みっぱなしになっていることに気づき、話の流れを仕事に戻した。

 こんな風に女性と話したのは、一体いつぶりだろうか‥‥?かつて大好きだった人がふと脳裏を過るが、以前のように胸が痛むこともない。

 もちろん橘さんのことが好きになったわけではない。でも、もうあんな風に人を好きになることはないかもしれないと諦めていた俺の乾いた心に、微かな潤いを感じたのは確かだ。

 仕事の話をしているはずなのに、やはり橘さんのかわいさは顕在で‥‥これは本当にやばいかもしれない。