父に連れて来られたのは高級焼き肉店。オーダーは事前に済ませてあったのか、飲み物が運ばれると父が今回の経緯を話し始めた。

「木村さんの言い分は無茶苦茶だけど理解はできる‥‥でも、なんで私は田原さんに嫌われてたの?」

 どうでもいいと思いつつ、よく知りもしない人から嫌われていたとなれば多少は気になるものだろう。

「田原さんは何度も田中を誘ってたのに毎回断られてたんだ。なのに亜子とは食事をしたと聞かされたもんだから許せないと思ったらしい」

「田原さんも許せなかったのか‥‥その感覚は本当よくわからない。けど、秘書をしてたんなら常務の不倫が信用問題に関わることくらい想像できそうなもんなのに‥‥」

「ああ、田原さんは美人なんだけどねえ。私の専属といっても、実際の仕事は秘書室長の大前君がほとんどやってくれてるんだよ。他の2人も似たり寄ったりで大前君が苦労してるようだから、これを機に秘書室の人員を考え直した方がいいかもしれないな」

「そういえば、2人は今後どうなるの?」

「解決が早かったおかげで会社に損害はなかったから、せいぜい減給がいいとこだろ。その上で田原さんは総務に異動、木村さんはそのまま経理に戻ってもらうつもりだ」

「そうなんだ‥‥気まずいけど仕方ないよね‥‥」

「亜子は被害者なんだから堂々としてればいいんだよ」

「そうだ。今回の件で一番被害を被ったのは間違いなく亜子だ。私の娘だと公表したせいで随分嫌な思いをさせてしまって、本当にすまないと思ってる‥‥ほら、肉好きだろ?今日は好きなだけ食べなさい」

 やっぱり私を励ますための高級焼き肉だったのか‥‥もうすぐ30歳になるというのに、父にとって私はいつまでも子供のままなんだな。

「今回システム部の‥‥深山君だったか?彼が大活躍してくれたんだよ。こんなに早く解決したのはほぼ彼のお陰だ。田原さんの名前があがった時も、彼女が木村さんを脅した証拠がなければ追及は難しかったが、彼が監視カメラの映像から2人が会話している場面をいくつも見つけてくれてね?それでも言い逃れしようとする田原さんに、写真を撮ってる彼女を見つけることも簡単だとほのめかして黙らせたんだ。あれは実に絶妙だった!」

「確かにあれは絶妙だった。亜子もあの場にいたらきっと惚れ直してたと思うぞ?」

「惚れ直すって、私が深山さんに惚れてるみたいに言わないでよ‥‥」

「だが亜子は深山君と噂になってたらしいじゃないか。田中君もいいと思ったが、私は彼もいいと思うがな?」

「もー!何度同じことを言わせるの!?深山さんとは本当にそういうんじゃないんだってば!惚れる機会はいくらでもあったのに惚れてないんだから、今更深山さんに惚れたりするわけないでしょ!?」

「いや、恋なんてもんは何がきっかけになるかわからんぞ?」

 父の乙女な発言に戸惑うが、ここで押し切られるわけにはいかない。

「もう!恋なんてしない!」

「「なんて~言わないよ絶対~♪」」

 いつの間にか父と兄がかなり酔っていた‥‥