後回しになっていた仕事をしなくてはいけないと思い、社長室を出てシステム部に戻った。

 このフロアはエレベーターを降りて右サイドに社長室や役員室、応接室がある。中央には会議室があり、一番手前は役員用の会議室なので出入りは右からになる。当然秘書室も右にあって、来客時のお茶出しがしやすいように給湯室も右側だ。

 ちなみに左サイドは、手前から広報室、経理部、システム部が横並びになっていて、一番奥がサーバールームだ。

 会議の時のお茶出しは女性がしてくれているので、給湯室を使わない俺はこちら側にくる機会がほぼなく、秘書室の人と顔を合わすこともない。だが給湯室やトイレを利用する女性はそんなことないだろう。

 不倫疑惑で有耶無耶になってしまったが、亜子ちゃんと田中さんの噂の件が中途半端なままになっている。

 今回の犯人は経理部内にいることがほぼ確定したわけだが、そうなると噂の方も一気に怪しくなる。同じフロアにいるのだから、経理部の女性が秘書室の噂話を耳にする機会があることに違和感はない。

 新規のプロジェクトに関わってる女性は少ないが、田中さんは来社の度に一般社員用の会議室を利用しているのだ。むしろ田中さんを目にする機会は一緒に仕事をしている人より多いかもしれない。

 しかしその条件は広報室にもシステム部にもあてはまる。今回の犯人と同一人物であるという確証がない限り、安易に疑うべきではない。

 一旦噂の件は置いておこう。

 そういえば、経理部長のパソコンに関してはメールの情報しか拾ってない。もしカモフラージュのためにメールの前後で何か作業をしていたら、その内容によっては個人の特定に繋がる可能性がある。

「駄目か‥‥」

 残念ながらそれらしい履歴は残っていないようだった。まあ確かに、部長の席は一番奥にあるため作業内容を覗かれるリスクは低く、わざわざカモフラージュする必要もないのだろう。

 それにしても、部長の席に他の社員が座ってパソコンをいじっていても違和感がなく記憶に残らない環境とは、一体どういうことなんだ?

 システム部ではあり得ない状況に、どうしても理解が追いつかない。ログを遡って確認していくと、確かに管理用のソフトの使用頻度は高い。その全てが部長以外の利用ではないはずだが、少なくとも朝イチのログは全て別人のものだと思われる。

 昨日部長は迷いなく、始業前なら喫煙所にいたと答えていた。多分毎朝のルーティンなのだと考えられる。部長のパソコンを使いたい社員がその隙を狙うのは必然だろう。

「ん?何だこれ?」

 朝イチのログを見ていたら、管理用ソフトの前後でちょくちょく同じサイトが開かれていることに気がついた。

 不思議に思って確認してみると、それは以前使われていた社内ポータルサイトだった。