『営業部の橘亜子は、私、橘勇蔵の血をわけた娘であることをこの場で正式に発表させて頂きます。当然ながら常務の橘勇樹は亜子の兄であり、これをもって現在問題とされている常務の不倫疑惑は全くの事実無根であることの証明とさせて頂きます』

 その日の午後、社内ポータルサイトのトップページにこの動画がアップされた。

「というわけで、橘さんは今後もこれまで通り営業部で仕事をしてもらう‥‥ってことでいいんだよな?」

 このタイミングで、山崎さんがフロアにいた人達を集めて状況を説明をしてくれた。反応はまちまちだが、元々悪い噂が立っていたこともあって、好意的な人は少ない。

「はい。私事でお騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。今後はより一層頑張らせて頂きたいと思っておりますので、何卒よろしくお願いします。‥‥あと、部長。さん付けなんてされると落ち着かないので、呼び名も今まで通りでお願いします」

「亜子さん社長令嬢だったんですね!道理でそこはかとなくお上品な雰囲気が漂ってると思ってましたよ!でも、なんで内緒にしてたんですか?私だったら絶対自慢しちゃうのにー!」

 影でコソコソ噂されるより、こうして開けっ広げに聞かれる方が何倍もいい。天真爛漫な佳奈ちゃんに感謝せずにはいられない。

「特に深い意味はなかったんだけど、社長の血縁が同じ職場にいると一緒に働く人に気を使わせてしまいそうだから‥‥私が経営に携わることはないし、わざわざ公表しなくてもいいと考えてしまったの。今まで黙ってて、本当にごめんなさい」

「そうは言っても、なんかあったら社長や常務に告げ口されそうで、あんまいい気はしないよなー?」

 私と同じ営業事務の仕事をしている同僚の安川さんが、私に直接言うでもなく、だが聞こえるように発言した。彼のように考える人は、多分少なくない。それが現実だ。

「これまでもこれからも、職場のことで私が父や兄に何か報告することはないとお約束致します。何かあれば、私が報告すべきは直属の上司である課長や部長でなければならないと、父達も考えていると思います。同様に、口利きを頼まれたとしても父達が聞き入れてくれることは一切ないとご承知おき下さい」

「そんなの信じられるかよ。優遇されるのはご令嬢の自分だけとか、本当いいご身分で羨ましい限りだわ」

「えー?安川さん、亜子さんがいつもどんだけ頑張ってるか知らないんですかー?これで優遇までされたら、亜子さんは今頃部長になってるはずですよー」

「今井の言う通りだ。部長の席をそう簡単には譲らないが、橘が努力して今の地位にいるのは間違いない。俺は橘が社長の血縁だとは知らなかったから、これまでの評価は純粋に仕事のみでつけたものだ。優遇は一切なかったし、これまでの評価が今回のことで揺らぐことはない」

 ちゃんと見てくれてる人がいる‥‥それだけで救われた気持ちになった。