「冗談はさておき、プロジェクトはまだ道半ばで先はかなり長いです。橘さんは自分に厳しいところがあるみたいだから、少し肩の力を抜くくらいでちょうどいいかもしれませんよ?視野が広がれば、見える景色も変わると思います」

「そうですね‥‥最近行き詰まってる感じだったので、少し意識するように気をつけてみます」

「いや橘さん、どんだけ真面目なんですか?その感じが既に力入ってますからね?今の橘さんに一番必要なのは息抜きです!」

 当たり前だけど、田中さんは会議の時と随分雰囲気が違った。冗談を言ってよく笑い、いつも通り優しいけれどちょっと意地悪で、自分のことを俺という‥‥はあああ、最高か。

 田中さんと店の前で別れて会社に戻ると、後輩の佳奈ちゃんが興奮気味に近づいてきた。

「亜子さん!田中さんとランチに行ったんですよね!?一体どういうことですか!?」

 財布をとるためだったとはいえ、何かと目立つ田中さんを社内で連れ回したのはまずかったかもしれない‥‥

「難攻不落のコンサル王子とランチだなんて!さすが私達の亜子さん!」

「いやいや、ただのランチミーティングだよ?仕事の話が長引いたから仕方なく昼食とりながら話の続きをってことになっただけ。全然そういうのじゃないから、変な噂立てないでね?」

「えーつまんないのー」

「つまらなくない!ほら、佳奈ちゃん!書類がたまってるよ!残業したくなかったらどんどん処理しちゃおう!」

「はーい」

 ‥‥‥‥なんて会話をしたのは、ただのフラグにしかならなかった。それから数日も経たない内に、話に尾びれ背びれがついた状態で、噂が社内をかけ巡る事態となってしまったのだ。田中さんの人気、恐るべしである。

 噂の内容は様々あるが、最もメジャーなのは『若作りで有名な営業のぶりっこお局が、コンサル王子とシステム部の深山さんを手玉にとって悦に入っている。まじでうざい。自分はもてると勘違いしている様は、見てるだけでも痛々しい』という、悪意に満ち溢れた内容だ。

 ちょっと、酷過ぎないか?若作りのお局って‥‥私、一応まだ20代だよ?

 深山さんとは何度も2人きりで食事をしていたし、私は元々噂のネタになっていたのかもしれない。そこに田中さんが加わったことで、女子社員達の怒りをかってしまったのだろう。

 知らぬが仏とはまさにこのこと。噂、怖い。

 そして、自分が人からぶりっこだと思われてたのも、地味にショックだ。人間不信になってしまいそう。

 いずれにせよ、ここまで広がってしまった噂を私個人の力ではどうすることもできない。しばらく身を縮めて耐えるしかないだろう。全ては田中さんとのランチに浮かれて注意を怠った私が悪いのだ。