橘に説明した通り、最近は戦略的に厳しい態度をとっていたわけだが、友人にああ言われてしまうと、なんともやりづらい。まあ、今まで通りに仕事をするしかないのだが。

 ただ、橘さんが橘の妹だと知ってしまったのは微妙に気まずい。このまま知らなかった振りをすべきなのか?それもおかしい気がする‥‥

 といっても、橘さんは自分が社長の娘だと公表していないのだから、下手に話をするわけにもいかないだろう。記憶にある限り2人きりで話したことはなかったはずだし、今後もその件について話題に出すのは難しい。

 話すことができないのだから仕方がない。そう考えていたところに、その機会があっさりと訪れた。

「田中さん、ちょっと質問いいですか?」

 週一で開かれている定例会議を終え片付けをしているところに、橘さんの方から俺に話しかけてきたのだ。

「先程説明されてたこの部分なんですけど‥‥」

 橘さんが自分のパソコンを開いて質問を始めたので、片付けしていた手を止めて話を聞く。

 言われてみれば橘さんはいかにも社長令嬢といった雰囲気が漂っているかもしれない。厳ついイメージの橘とは似ても似つかない綺麗な見ためをしている。よく見れば、身につけているものもシンプルだが洗練されている。

 ゆっくりとした話し方は少し特徴的ではあるが不快さはなく、むしろ心地いい。

 純粋に仕事の関係でしかない俺には『優しくていい子』な部分は知りようもないが、橘さんの真面目で素直なところは好ましいと思う。そして橘さんは中々賢い。彼女とは仕事がしやすいと感じている人もきっと多いことだろう。

「‥‥‥‥田中さん?」

 しまった。つい先日の橘との会話を思い出してちゃんと話を聞いていなかった。

「あ、すみません。少しぼーっとしてました」

「いえ、私の方こそもうお昼過ぎてるのに長々と引き止めてしまってごめんなさい、お腹空いちゃいましたよね?」

 周りを見渡すと、会議室には俺達以外もう誰も残っていなかった。これは橘から彼女の話を聞いたと話す絶好のチャンスじゃないか?とも思ったが、俺が更に引き止めてしまうと、橘さんが昼食をとり損ねてしまうかもしれない。

「ええ、実は今朝時間がなくて何も食べてなくて。でも話の続きも聞きたいし、良かったらランチをご一緒しませんか?」

 橘さんは友人の妹だし、これはあくまでランチミーティングだ。