大学卒業後、ベンダー企業でプログラマーとして働いていた俺は、過酷な労働環境に危機感を覚え、転職を決意した。たまたま目に入った製造業の社内SEに応募したのは、前職の反動が大きかったと思う。

 製造業の間接部門だったら労働条件は緩そうだし、俺のスキルでもギリギリSEとしてやっていける気がする‥‥そんな舐めた考えで面接を受けに行った俺は、ある意味予想を裏切られた。

「数年後にはDXの推進に取りかかりたいと思ってるんですが、それまでは運用と保守をメインでやりながら業務の把握をしてもらおうと考えています。まあ準備期間だと思ってもらえればいいかなと」

 さすがに開発から離れるつもりがなかった俺は、デジタル化推進のための求人で開発経験者を必要としていたからこそ、この会社に応募したのだ。なのに、なんで数年後‥‥?

 製造業だし年収は今より下がると覚悟していたが、提示された額は思ってたよりも高い。だが、しばらく保守がメインになるのは完全に想定外だった。

 いきなり高度なスキルを求められるよりはましなのか?まあ、リハビリだと思ってしばらくのんびり勉強させてもらうのも悪くない‥‥俺がそう考えてしまったのも、前職の反動だったのだろう。

 実際に仕事が始まると、システム部は想像以上にゆるゆるな環境だった。これまでのような感覚で仕事をしたら、他の人の5倍‥‥いや、10倍は消化してしまう。本当にこんなんでいいのか?と不安になるレベルだ。

 でもこの会社には、これまでとは違った意味での大変さがあった。

 パソコン絡みで何か問題があった場合、俺達が対応するのだが‥‥その内容のレベルの低さには本当に驚かされる。

 パスワードがわからなくてパソコンが開けない‥‥こんなのが呼び出しランキングの上位に食い込んでくる感じだ。その対策のためにと、付箋に書かれたパスワードをパソコンに貼りつけている猛者がウジャウジャいる‥‥今は令和なはずなのに、この会社だけ昭和で時間が止まっている可能性を感じずにはいられない。

 彼らにとって俺達は、生態系を脅かす危険な外来生物みたいなものらしい。俺を見る目が害虫を目にした時のそれと酷似している。

 道理でDXの推進が数年後になるわけだ。そもそもがこれじゃデジタル化なんて無理じゃないのか?社員の意識改革から始めないと、そんなの実現不可能だろう。

 試用期間を終える前に行われた部長との面談で率直な感想を求められた俺は、浮かんだ疑問を素直にぶつけてみた。

「あーやっぱり気づいちゃいましたか?上の方で根強く反対されてるんですよねー。ほら、年齢層高いし、余計にね?今常務が根回ししてるとこなんです。僕達も日々の業務の中で社員の拒否感を少しでも軽減できたらいいよねー。まあ、それも含めての準備期間ってことで、深山君も頑張って!」

 その返答がこれである。この会社、本当に大丈夫なんだろうか?