「マクロはExcel内の単なる道具と思えばいい」

 システム部にある打ち合わせスペースをお借りして始まったマクロ教室での、深山さんの第一声である。

「勉強って難しいと思い込んでしまうと、とことん難しく感じてしまうから。簡単なことを難しく考え過ぎてわけわかんなくなっちゃったこと、ない?」

「あー‥‥まさに今の状態がそれなのかな?何がわからないのかもわからなくなって、自宅で頭がパンクしそうになりました」

「だよね?」

 そう言ってクスクス笑う深山さん。その優しい笑顔に、少し肩の力が抜けるのを感じた。

「マクロがどういうものなのか大まかに知っておく必要はあるけど、それ以外の細かいことを全部知る必要は全くない。その時に必要なことを、必要に応じて知っていく‥‥その繰り返しが大切なんだ。簡単なことからこつこつと積み上げていけば、そこまで難しいとは感じないと思うよ」

 私はこれまで『テストのための勉強』しかしてこなかった。どこから出題されてもいいように、できる限りまんべんなく勉強する。苦手な部分を潰すことが何よりも重要で、勉強時間の多くをそこに費やしていたのだ。

 でも確かに、私が目指してるのは『マクロの達人』になることじゃない。自分の理解が及ぶ範囲で勉強し、その過程で少しずつできることが増えていくのなら、全てを知る必要はない。

「なんか少しハードルが下がった気がします」

「うん。そう感じてもらえたなら、今日の勉強はもう終わりにしてもいい位だ。でもせっかくだから、もう少し先に進んでみようか」

 深山さんの説明によると、マクロをひと言でいうならExcelの機能を自動化させるツールだ。

 マクロを難しいと感じる一番の要因は、そのビジュアルにある。英文と数式が複雑に組み合わさったような文字の羅列が、それを見慣れない素人に、容赦なく拒絶感を植えつけるのだ。

「こればっかりは、努力して見慣れていくしかないんだよねえ‥‥」

 優し過ぎる深山さんが、申し訳なさそうに呟きながら、パソコンを操作する。

「それなら今日は、亜子ちゃんの拒絶感をできる限り薄くする努力をしてみよう」

 何をするんだろう?と思っていたら、深山さんは白紙のシートで、サム関数を使った。そして画面が切り替わり、私にとって馴染みのあるその作業が、マクロではどう組み立てられているのかを見ることができた。

「これはマクロの記録ってやつなんだけど、これを使ってサム関数みたいな簡単なセル操作ではどういう風にマクロが構成されてるかを読み解くことから始めるのがいいと思うんだ」

 その日はマクロの記録のやり方を教わり、深山さんに説明を受けながら読み解く作業を繰り返した。なんか‥‥これならできる気がする。

「徐々に操作を複雑なものにしていけば、次第に拒絶感も減っていくと思うよ」

 深山さん!拒絶感、もう大分減ってますよ!