「いいね、もうちょっと視線上げてみよっか」
バチッ、とフラッシュがたかれるとともに、連続して撮影現場にこだまする大きなシャッター音。
「ほんとに天使みたいな笑顔だねー、かわいいよー」
ポーズや表情を変えるたびに、私に対する賞賛の声が飛んでくる。
何度も聞いたフレーズに、思わずため息が溢れそうになってしまう。
いけない、撮影中だった。集中しなきゃ。
___と気をとり直したものの、それから今日の分の撮影が終了したのは、そのすぐ後で。
「疲れた……」
あれから、現場の人たちに挨拶をして外に出てきた私は、疲れ切った脚で帰り路を歩いていた。
もう夜の9時。
ちょっと遅くなっちゃった。明日は学校だっていうのに。
___私、白川詩は、芸能界でモデルや女優として活動するとともに、現役の高校生でもある。
小さな頃からずっと抱き続けてきた夢だから、この状況に後悔はしていない。
でも……。
「さすがに疲れたよ……」
最近はロケで全国各地に回ることが多く……。さすがの私も、気を抜いたら1秒もたたないうちに眠ってしまいそうなくらい。
癒しが欲しい……。
___そんなことをふと思った時だった。
「みゃあ」
猫のか細い鳴き声が聞こえたのは。
「えっ?」
かすかに聞こえただけだけど、今……猫の鳴き声が聞こえたような……。
パッと当たりを見回すけれど、家屋の屋根にも、塀にも猫らしき影はない。
空耳かな……。
もしかして私、かなり疲れてる?と肩から落ちかけていたトートバッグの肩紐を担ぎ直すと、再び歩き出そうとした___のに。
「みゃあ」
やっぱり!猫の鳴き声が聞こえる……。
咄嗟に、声がした方向___私の足元に目を落とすと。
「わあ、黒猫ちゃんだ」
仔猫なのだろうか、小さな体の黒猫が、私の足元に座り込んで、私を見上げていた。