魔女狩りの世界の果てで、あなたと愛を歌おう


 リヒトくんに呼びかけれて、ハッとする。

 何考えてるんだろう、わたし。

 なんて、ひどいことを。

 ユキちゃんがハブられてて、
 つらい目にあってることを知ってるのに。



「大丈夫? カナさん。
リヒトさんのことで、ビックリしすぎちゃった?」



 ユキちゃんの問いに、こくりとうなずく。

 ああ、ウソついちゃった。ちくりと胸が痛む。



「そうよね。
まったく、政府への反逆を発信しようとするなんて……。
これだったら、ひと夏の思い出、の方がいいに決まってるわ」



 うんうん。……って、あれ?



「魔女は勉学に励むことが義務、
とあるけど、音楽だって、勉強の一種よね。
これ、リヒトくんの『魔女に関する一考察』の参考にな
らないかしら?」



 ……ユキちゃん? 

 え? どうしちゃったの?

 ユキちゃんは、
 おろおろしてるわたしの目をひたと見つめて口を開いた。



「カナさん。
あなたさえよければ……。
作曲、担当してくれない? 
わたしと、リヒトさんと、一緒にコンクールに出ましょう!」



 え。

 えええ!

 ユキちゃん、さっきまではあんなに否定的だったのに。

 いったい、どうして……?

 リヒトくんも、不思議そうな表情をしている。



「ふふ。
どうしてわたしが乗り気になったか、知りたいですか?」



 いたずらっぽくユキちゃんが笑う。




「これがただの人気者のきまぐれなら、
わたしは断ってました。
……でも、リヒトさんは、本音をぶつけてくれた。
そこに、惚れこんだんです」



 惚れこんだ、なんて。

 しっかりとリヒトくんを見てつむがれた言葉。

 なんか、聞かされてるわたしの方が照れてしまう。

 ユキちゃんの、告白をきかされているみたい。



「まあ、
その本音は政府に反する言語道断(ごんごどうだん)のものでしたけど! 
これは、わたしがちゃんと監視してないと、ダメですね」



 やれやれ、といった風にユキちゃんは肩をすくめた。



「このコンクールを、ひと夏の思い出にするなら、
わたしは協力します。
どうですか? リヒトさん」

「……わかった、頼む、ユキ」



 ユキちゃんはうなずいた。

 ふたりの視線が、今度はわたしに向けられる。



「カナさんは、どうですか?」

「サポートは、おれとユキがする。だから、この通り!」



 リヒトくんは頭を下げた。

 ……これは、夢?

 魔女であるわたしが、
 一般人ふたりにコンクールに参加してくれって頼まれてる。

 確かに、最初は賞金目当てで出たいって思ってたよ。

 でも、まさか、こんなかたちになるなんて……。

 どうしよう。

 断った方がいいに決まってるよね。

 絶対ふたりに、迷惑かけちゃう。

 でも、わたし……。

 参加、してみたい。

 賞金目当てっていうよりは……、
 ユキちゃんの言ってたように、『ひと夏の思い出』のため。

 そうだ。

 あきらめていた、『青春』ってものを体験したい!

 だれかと触れ合って、考えをぶつけあって……。

 何かをつくりあげたい!

 これは魔女には過ぎた願いかもしれない。

 でも、このふたりが一緒なら……。

 やれる気が、するんだ。

 わたしは頭を下げ続けているリヒトくんの肩をたたいた。

 リヒトくんが頭を上げる。

 心配そうな表情で、ユキちゃんがわたしを見る。

 わたしはそんなふたりに向かって、大きくうなずいた。



 鳥居カナ、魔女。

 愛の歌コンクールに、作曲者として参加します!


 こんなに幸せなことが、あってもいいんだろうか?

 早朝と昼休み、放課後の下校時刻ギリギリまでは、
 図書準備室で曲作りの時間になった。

 毎日、わたしとユキちゃん、リヒトくんで、
 いろいろな案を出しあったんだ。

 曲調は明るめがいいか、しっとりした方がいいか。

 曲の速さはどのくらいがいいか。

 どんな「愛」をうたうか。

 家族愛、友愛、恋愛……、人類みんなに対しての愛、もある。

 そこで出た意見をまとめて、わたしは曲作りをした。

 しっとりとした、ゆったりめの曲。
 いわゆるバラードだ。

 つける詩は、恋愛にすることになった。

 ユキちゃんは
 「やはり、一般受けは恋愛が一番かと。がんばってみます」って、
 照れながら言ってくれた。

 そして一週間が経ち……。

 とうとう、今日曲が完成したんだ。



「すごい……、なんていうか、とても心地いいです」

「耳に残るフレーズだな。いい曲じゃん」



 ユキちゃんとリヒトくんが、
 それぞれわたしの曲の感想を述べてくれる。

 こんな風に、人に曲を聞かせたのは初めてだ。

 生で聞ける感想が、こんなにうれしいものだなんて。



「締切まであと一週間……、がんばりましたね、カナさん。
 あとは、わたしが詩をつけます」



 ユキちゃんはイヤホンをして、集中して曲を聴き始めた。

 わたしはひとまずほっとする。

 曲を、書き上げたんだ。



「お疲れ、カナ」





 リヒトくんがねぎらいの言葉をかけてくれる。

 実はふたりには言ってないんだけど……。

 わたし、詩をつけながら曲をつくってたんだよね。

 それは、愛の歌。

 リヒトくんが、
 「『一般人』とか『魔女』とかじゃないだろ! 
 みんな、『ただの人間』なんだ」
 って言った時。

 びっくりしたよ。

 そんな、政府に逆らうようなこと言っちゃダメでしょ!
 って。

 でもね……。

 同時に、その考えにすごくひかれたんだ。

 そういう考えっていうか……、
 信念をもってるリヒトくん自身を、あらためて好きになった。

 大好きになったんだ。

 リヒトくんのおかげで、
 愛の歌を書けるようになったんだよ。

 だから、コッソリと自分で詩を考えて、
 シンガールのミミに歌ってもらった。

 この国で「魔女」制度がある限り難しいかもしれないけど……。
 
 みんなが、好きな人とずっと一緒にいられますように。

 そんな願いを込めた歌。

 まあ、これは完全にわたしの自己満足だから、
 ふたりにはナイショ。

 ユキちゃんに、しっかり詩をつくってもらおう!



「カナ、おれの夢、聞いてくれる?」



 唐突にリヒトくんがそんなことを言った。

 わたしは首をかしげる。



「おれ、魔女制度をなくしたい」



 ぎょっとした。

 あわてて、ユキちゃんを見る。

 ユキちゃんは目をつぶり、真剣に曲を聴いていた。

 ホッとしつつ、わたしはリヒトくんをじろりとにらんだ。



「そんな顔するなって。
だってさ、魔女なんてもの、なくていいと思わないか? 
カナはこうやっておれたちと一緒に曲作りをしてる。
そこに、魔女であるとかどうだとか、関係ない。
カナは、カナだから」

 わたしは、わたし……。

 どうしよう、すごく、すごく、うれしいよ。

 じんとした温かさが胸に広がっていく。

 やっぱり、リヒトくん、好きだなあ。

 リヒトくんの夢、わたしも応援するよ。

 だって、そうすれば、わたしは普通の女の子として、リヒトくんと……。

 そんな幸せな想像をして、わたしはふわふわと心地よさにひたっていた。



 それが、打ち砕かれると知らずに。



 リヒトくんの夢を聞いた、一週間後。

 コンクールの応募締切当日の朝。

 リヒトくんの甘い声が、スマホから流れている。

 切ない恋心。 

 好きな人に、振り向いてもらえない切なさ。

 それでも、あきらめない気持ち。

 うう、泣ける詩だ。応援したくなる。

 曲が終わった。



「うお~! できた~!」

「最終チェック、異常ないですね。お疲れ様です!」



 リヒトくんは叫び、
 ユキちゃんはうれしそうにそれをねぎらった。

 わたしは、ひたすら拍手する。



「よし、あとは応募だけだな」



 スマホを手に持ち、すいすいと操作するリヒトくん。



「代表者はおれでいいよな。
必要事項、記入……。
ファイルを選んで……、よし、応募するぞ」



 リヒトくんはわたしたちにスマホを向けた。

 応募ボタンがピコピコと光っている。

 ごくっとつばを飲み込み、
 わたしとユキちゃんはうなずいた。

 リヒトくんは、ぽちっと応募ボタンを押した。

 ひゅんっと画面が切り替わり、
「応募ありがとうございました!」と表示される。



「終わった~!」



 わたしたちは三人で輪になり、抱き合った。



「カナ、ユキ、ふたりとも、最高の作品をありがとう!」

「ううん! リヒトくんこそ、歌唱お疲れ様でした! ね、カナさん」



 わたしは笑顔でこくんっとうなずいた。



「あ、やべ。ホームルーム始まる」

「わ、急がなきゃですね」



 三人で教室へ向かう。

 しかし、なんだか様子がおかしい。

 みんな、こっちを……、
 わたしたちを見ているような?



「おい、きたぞ!」



 教室に着いたとたん、だれかが声を上げた。

 教室の教壇にいたのは……。

 火野、さん? 

 そう、わたしの監視士の火野さんだった。

 火野さんは、
 冷たい目をしてわたしたちの方を見ている。

 ……、わたし、何かした?

 もしかして、コンクールのこと⁉

 やっぱり、魔女が出しちゃいけないものだったんだ!

 ずし、と心が重くなる。

 せっかく応募したのに……、がんばってきたのに。

 その努力が、水の泡になっちゃうの⁉

 どくどくと心臓が鳴り響く。

 そんな中で、火野さんは口を開いた。



「大上リヒトくん。
こちらへ来なさい」



 ……え?

 わたし、じゃないの?

 リヒトくんも、驚いた顔をした。

 それでも、火野さんの目の前に向かう。

 ふたりは、教卓をはさんで向かい合った。



「リヒトくん。
あなたを、政府反逆罪で連行します」



 火野さんがそう告げた瞬間、時がとまった。

 政府反逆罪……。

 リヒト、くんが?

 教室中が、しんとなった。緊張感に、押しつぶされそうだ。

 火野さんはスマホをとりだした。

 素早く操作をし、画面をタップする。



『カナ、おれの夢、聞いてくれる?』



 流れてきた音声に、どくんっと心臓がはねた。

 まさか……!

 やめて、それ以上は!



『おれ、魔女制度をなくしたい』



 ……!

 あの時の、リヒトくんの言葉だ。

 なんで⁉ なんでこれが録音されてるの⁉



「この音声が、こちらに情報提供されました。
魔女監視士としてもう、見過ごせません。
あなたを、連行させていただきます」



 火野さんは、リヒトくんにスマホをつきつけた。



「待った!」



 リヒトくんが、声を上げた。

 その表情には、なんのおびえも、とまどいもない。

 どうして……?

 そうだ、まさか、また何か仕掛けを⁉

 真っ暗だった心に、希望の光が差してくる。



「連行する前にさ、
たったさっきコンクールに応募した曲をきいてくれないか? 
自信作なんだ」



 あの曲を?



「……、いいでしょう。
あなたとカナさん、梨田さんがそのような活動をしているのは把握しています。
最後の情けです」



 リヒトくんはうなずき、スマホをとりだしてタップした。

 曲が流れはじめ……、って、え?

 違う。

 これ、わたしがつくった曲じゃない。

 リヒトくん、間違って流したの?

 そう思ってリヒトくんを見ても、平然としている。

 イントロが終わって、歌がはじまった。

 この声は、間違いなくリヒトくんだ。

 リヒトくんが、わたしの曲じゃない、別の歌を歌ってる。

 ……いったい、何がどうなってるの⁉

 静かな教室の中で音だけが鳴り響き、やがて曲が終わった。



「……? われわれが把握していたものと、違う?」