「だって、東条様、全然わたくしのことを見てくださらないんですもの」

 私を見つめたまま朝比奈さんが目を細める。

「この数日、今日までは一度もあいつと会ってないはずだぞ?」

 その言葉、晩くんは私のことを言っているのだと思った。
 ピクッと朝比奈さんが反応する。

「どなたのことを言ってらっしゃるのかしら? わたくし、“誰”とは言ってませんわよね?」

 そう言いながら、私から視線を外し、彼女は晩くんの膝に横向きで座った。
 身体が動くようになっても、動けない。
 どうしても二人から視線を逸らせない。

「東条様はその方のことが気になりますの?」

 至近距離で晩くんを見つめて、たぶん、またネクタイを掴んでる。

「……」

 晩くんは答えなかった。

「姿が見えなくとも、いつも心のどこかでは探していらっしゃいますよね? その方のこと」

 ゆったりと動く指先が晩くんの顎をくいっと持ち上げたのが分かった。

「その憂いの瞳はいつだってわたくしを見ていない……」

 怒りなのか、悲しみなのか、朝比奈さんは悪魔の微笑みを浮かべていて、心が読めない。

「ともかく、わたくし、飽きてしまいましたので東条様とはお別れいたします。次はどなたにいたしましょう? ああ……、他の生徒会の皆様は“彼”が人間であること、ご存知ないのでしたっけ?」

 立ち上がった朝比奈さんが真顔で晩くんを見下ろした。
 私のせいで晩くんが脅されている。

 ここで私が出て行って、もういいです、と言えれば晩くんは解放されるのに。
 どうしても、それだけはできない。

 逃げるために後ずさる。

「少し、時間をくれ」

 晩くんのその言葉に朝比奈さんは

「嬉しいですわ。ね? 白鳥くん?」

 にっこりと満面の笑みを浮かべた。

 ガタンと立ち上がった晩くんが振り向いて、私と目が合う。

「お前……」

 一歩踏み出す晩くん。
 でも……、いまは関わってはいけない。引き止めてほしくない。
 原因は私なのに、私は走って逃げた。

 ――私はどうすればよかったの?