ゆっくりと朝比奈さんの手が動く。
 それは私に伸ばされたものではなくて……

「東条様がわたくしとお付き合いしてくださるなら、白鳥くんの秘密、内緒にしておいてあげますわ?」

 私の隣に立った晩くんのネクタイをゆったりと掴み、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 そんな……、そんなの晩くんが受け入れるはずない。受け入れる必要もない。
 だって、晩くんは朝比奈さんと話をするだけで嫌そうな顔してて……。

 戸惑いながら晩くんのほうを見ると、真っ直ぐな瞳が私を見ていた。
 
 ――なんで、そんな決心したような目で私を見るの?

『……お前の秘密、俺が絶対に守ってやる』

 私は晩くんの言葉を思い出した。

 まさか……。

「晩くん、ダメです。俺なんかのために……」

 私は彼の腕を掴んで、制止した。

 生徒会長のあなたがそんな簡単に人の言うことを聞いてはいけない。
 私なんかのために、晩くんが自分の価値を下げる必要なんて……。

「お前のためだからだ」

 私から視線を逸らすように目を伏せて、それから、晩くんは

「その条件、受け入れよう」

 朝比奈さんを見て、そう言った。

「まあ、嬉しいですわ。よろしくお願いいたします」

 自分の頬に手を添えて、朝比奈さんは晩くんの腕に自分の腕を絡めた。
 そのまま、私に二人で背を向ける。

 ――私の手が離れて……。

「それと、白鳥くん」

 離れてしまった手を伸ばしたままにしていると、朝比奈さんだけがこちらを振り向いた。

「今後、生徒会に近付かないように親衛隊もおやめになってください。お話はわたくしから加賀美先生にしておきますから」

 ニコッと笑った悪魔の瞳が私にそう告げる。

 朝比奈さんは悪魔界の権力者の娘という噂を聞いた。
 だから、彼女の一声でなんでも出来る。
 私を親衛隊から外すなんて、簡単なことだろう。

 じわりと涙が滲みそうになる。

「では、さようなら」

 晩くんと一緒に朝比奈さんが去っていく。

 何も掴むことの出来なかった手を私はぎゅっと自分の手で握った。

 何も出来なかった。
 朝比奈さんに晩くんをあげたくないのに……。