「あいつ逃げたかな?」

 そう言ったのは闇だった。
 
 寮の部屋割りを決める段階になって、俺たちの親衛隊隊長に選ばれた白鳥 雪という地味な男が「一瞬いいですか?」とか言いやがって、寮から出ていったのだ。

 逃げたと思っても、まあ仕方がないだろう。

「自分から逃げるにしても、あいつ、面白いよな」

 胸の前で腕を組んで、俺はぼそりと言った。

 そもそも俺たちを前に逃げ出すやつが珍しい。
 外に出れば、俺たちを見るために人が寄ってくる一方だってのに。

「僕たちに全然興味示さないからね。なんの違いだろう」

 そう言いながら光が天使らしい満面の笑みを浮かべる。
 他生徒とあいつとの違いは……

「俺たちを様付けで呼ばない」
「それだ」

 ぼそりと俺がこぼせば、闇が納得したように頷いた。

「それにさ、メガネの奥からなんとなくボクたちを冷ややかな目で見ている気がするんだよね」

 灯が金色の瞳の奥に黒いものを宿しているのが分かる。
 こいつ見た目によらず腹黒だからな。

「それもある。男だって言っても珍しいよな、今回の親衛隊が一人しかいないのも頷ける」

 闇がまた納得して頷いている。

「なんか試してみたくなるよね。いつまでボクたちに興味を持たないでいられるのか」

 完全に堕天使のオーラを纏った灯が口角を上げながら言った。