「わぁ、いい匂い」

 リビング部分に戻ると、そこは生姜焼きのいい匂いで満ちていた。

「ほら、座れよ」
「はい」

 リビング部分にはソファと椅子のスペースがあって、椅子が置かれているほうのテーブルに京極くんは二人分の料理を並べてくれていた。

 生姜焼き、綺麗な色。
 ツヤツヤしてる。タマネギも飴色だ。

「ほい、じゃあ、いただきます」
「いただきます」

 一緒に挨拶をして、一口目を口に運ぶ。
 咀嚼した瞬間、広がる幸福感。

「とても美味しいです! 京極くん!」

 ――庶民派な味、最高……! 神! いや、悪魔なんだけど、神!

 料理も出来る男子って最高じゃないですか! すごいなぁ!
 素直にそう思ってしまいました、私。

「大げさだな、普通の飯だって」

 京極くんは少し照れたように笑った。それから

「でもさ、誰かと食べるご飯っていいよな」

 と呟いて、私を見て、そうじゃないか? という顔をした。
 私の家では家族そろってご飯を食べることが普通だったから、たしかにいまの一人でご飯を食べる生活は静かだったり、少し味気ないなと思ったり。

「そうかもですね」

 なんと答えればいいのか分からなくて、ちょっと素っ気なくなってしまった。
 そのせいかしばらく沈黙が続いて、生姜焼きを食べて

「じつはオレ、自分で言うのもなんだけど、意外と一人が苦手で寂しがり屋なんだよ」

 京極くんは静かにそんなことを言った。
 言うのに勇気がいったと思うのに、私なんかに話してくれた。

 これは世に言うギャップ萌えというやつでしょうか。
 こんなにやんちゃしてそうな見た目で、一人が苦手と?

「飯食い終わったら、皿シンクに置いて、先に風呂入っていいぞ」

 照れているのか、私が何か言葉を返す前に彼はそう言ってお皿を持って席から立ち上がった。

「京極くん、あの、俺、風呂長いかもしれないんですけど、大丈夫ですか? お皿洗いなら、俺も出来るし……」

 京極くんは先に入らなくていいのだろうか?

「なに? 晩に文句でも言われたの? いいよ、別に、ゆっくり入ってこいよ、風呂くらい。皿もオレが洗うし」

 少し長くなる風呂も気にしない。スパダリじゃないですか、京極くん。
 小説でしか見たことないけど、そんな単語。

「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」

 食べ終わったお皿をシンクまで運び、私はパジャマを用意してお風呂に向かった。

 京極くんの部屋にある入浴剤はまさかのゆずだった。
 意外。みんな薔薇の香りだと思ったのに、これ個人の好みで置いてるってこと?

「あ……」

 湯船にお湯を入れながら、私は洗面所で鏡に映る自分を見て声をもらした。
 左の胸元を手でなぞる。
 ここには自分を人間だと示す小さなハートの印が特殊な魔力で記されてる。
 だから、ここを見られたら私は自分の正体を知られてしまうんだ。