「いや、別に食堂でもいいけど」

 ダメか、という雰囲気が京極くんから出ていて、早く答えなければと思った。

「いえ、あの、えっと、本当になんでもいいんですか?」
「ん? うん、なんでもいいぞ」

 京極くんがにこっと笑う。

「生姜焼き、とか」

 遠慮気味に私は言った。

 好き嫌いとかあまりなくて、基本なんでもよくて、だから、これっていうのを選ぶのが苦手で、今は生姜焼きしか浮かばない。

「オッケー、豚肉もあるし。ちょうど朝セットしといた米も炊けてる」

 ブレザーを脱いで黒いエプロンをしてキッチンに立った京極くんは慣れた手つきで料理をし始めた。
 
 意外な家庭的な姿。

 あー、あんまり見てたら気が散るよね。

 そう思って私は一応「何か手伝えることありますか?」と尋ねてみた。

「いや、大丈夫だよ。雪はそこ座って休んでて」

 返ってきたのはそんな優しい言葉だった。
 気を遣われているのだろうか。
 私、さっき、そんなに酷い顔してたのかな? 
 というか、いまも酷い顔してる?

「ちょっと俺、顔洗ってきます」
「ほいよー、すぐ出来るからな」
「はい」

 ソファから立ち上がって、洗面所へと向かう。
 メガネを外して、自分の顔を見てみた。

 別に泣いてないから、そんなに酷い顔はしてない。
 よかった、これなら普通だ。

 顔を洗って、棚の綺麗に畳まれた真っ白いタオルを手にとって、顔面の水気を取る。

「雪、出来たよ」
「ひゃいっ!」

 急に洗面所の扉が開き、タオルに顔を押しつけるようにして、変な声が出た。

 ちょっと待ってください、京極くん。
 私、いまメガネを外しているんです。
 まだ女だとバレたくないんです。まだ二日目なんです。

「いま行きます」

 タオルに顔面を押しつけたまま、私はもごもごと言った。

「オッケー」

 私の言葉がちゃんと聞こえたのか分からないけど、京極くんは扉を閉めて戻っていった。