寝室に大きなベッドが一つだけってのが気になるところだけど、向こうのソファも十分ふかふかで寝心地良さそうだったから、もしものときはあっちで寝ればいいよね。

 それより、早くお風呂に入らなくちゃ。
 東条くんがいつ戻ってくるか分からない。

「わぁ、薔薇の入浴剤だぁ」

 本当にホテルみたい。
 もうルンルンのルンだ。
 湯船にお湯をためながら、パジャマを用意して……。

「はぁ……、極楽。足も伸ばせるし、これだけはこの部屋で良かったかも……」
 
 ぐーっと猫背にしてた身体を伸ばして、ゆったりとピンク色のお湯に浸かる。

 いい香りだし、ちょうどいい温度だし、何時間でも入っていられそう。

 そう思って、どのくらい時間が経っただろう。

「おい、帰ったんだが、出迎えもなしか?」
「はひぃ!」

 突然の声に私は飛び跳ねた。
 透けガラスの向こうに東条くんが……!

 ゆったりしすぎてしまった。
 これじゃあ、まるで女子みたいじゃん。
 いや、待て待て、大丈夫、東条くんは私がお風呂に入り始めた時間までは知らないはずだから。

「す、すみません、あ、ああ、お風呂入りますよね? すぐ出るんで、部屋で待っててもらっていいですか?」

 冷静になって、どもりながらも静かに言う。
 急に訪れた危機的状況に心臓がうるさい。

「まったく……」

 呆れたように東条くんが去っていくのが分かった。
 危ない、お風呂場の扉を開けられなくてよかった……。

「すみません、お待たせしました」

 ちゃんと胸にさらしを巻いて、パジャマをきっちりと着用し、私は部屋に戻った。
 濡れた髪は短いし、ドライヤーをかければすぐに乾いた。

「風呂入っても、その地味なのは変わらないんだな」
「はあ、すみません」

 それは褒め言葉です。
 寝間着姿でも変装が上手くいってるということですね。

 東条くんが今度はお風呂場へと向かう。

「俺、こちらで寝させてもらいますね」

 彼の姿が完全に消える前に私は言った。

 もう正直、今日は疲れ切った。
 早く寝たい。ソファでいいです。

「なんで、そんなところで寝る? 男同士なんだ、一緒のベッドで寝ても問題ないだろう?」

 扉から顔だけを出して東条くんが言う。
 驚いた。自分のテリトリーを侵略されるのは嫌がるだろうと思ったのに。
 意外と優しさを持ち合わせてるみたい。

「それだと東条くんが休めないと思うので、いいんです」

 ソファにうつ伏せになりながら、私は言った。

 いいんです、いいんです! 
 お願いだから、一人で寝かせてください! 
 そのほうが色々と安心なんです!

「変なやつ」

 ウトウト、意識が薄れる瞬間、東条くんのそんな声が聞こえた気がした。

 神様、目が覚めたら、全部夢でした、とかならないでしょうか?