「本当に、お前は何も知らぬのだな。考えたことはないか? 何故、命華だけが責められねばならぬのかと」

 流暢(りゅうちょう)に語る男性は、とても楽しげに話を進め始めていった。

「遥か昔――世界の隔たりも無かった時代。とある土地が淀み始めた。作物は実らず、森は枯れ。何が原因かも分からぬまま、我らはその地を癒そうと必死だった。しかしその甲斐無く、土地は完全に死に絶えた。住み家を移したが、そこでも異変は続き、これは神の怒りだと考えた一部の者たちは、男女一人ずつ、大人と子供の生贄を用意した。
 するとどうだ。生贄を出した場所からは、土地が淀むことが無くなった。これに周りは急ぎ、同じことを始めた。だがそれも、最初は数十年ともっていたものが数年。次に一年、半月と徐々に短くなり始めた。これで全滅してしまうと嘆いていた時――あの女が現れた」

 ふふっ、と怪しく笑う男性。どうやら高揚しているのか、その表情はとても嬉しそうだった。

「女は、自分が住む土地でも似たようなことがあった言い、その解決法を教えると言った。しかし、すぐにその話を信じれる者ばかりではない。だから女は、まずその土地を浄化してみせると約束し、姿を消した。
 ――数日後。女は我々を、とある地へと招いた。そこは、我らが最初に住んでいた、一番淀みの激しい土地。何を見せるのかと思えば、そこで目にしたのは、一面白い花が咲き乱れる土地だった。女は約束どおり、土地を浄化してみせたのだ。だがこれが……女の不運の始まりだった」

 ぎっ、と唇を噛みしめる男性。
 よっぽど悔しいことがあったんだろう。話が進むにつれ、男性は感情をあらわにしていく。

「全ての土地の浄化には人数が必要で、女と同じ種族の者がそれを手伝ってくれた。そして、我らと共に暮らし始めたのだ。これで平和にいられると思ったのだがな――神はまだ、我らに絶望を与えたかったらしい。今度は土地ではなく、我ら自身に災いが振りかかった。ここからは伝承にあるのと同じく、元々、我らは自然と調和し、花や水を口にし生きていたが、それが突然意味を成さなくなり、果ては自我を失うということにまで現れた。
 そしてそれを救ったのは、またしても女だった。女は寝る間も惜しんで働き、他の者も、女にならって我らを助けてくれた。
 ――だが、それを怪しむ者が現れた。何故、また女が治せたのかとな。疑念は一気に広がり、女とその仲間を異端だと言い、愚かなことに殺しを始めた。そして今度は、女の種族にまで異変が現れた。子が産まれなくなり、自分の命を救ってくれる者がいなくなるかもしれないと思った途端、今度はその者たちを我が物にしようと奪い始めた。本当に……愚かなことだ」

 まるで、目の前で見て来たかのように。男性の口調は、熱を帯びていった。

「そして女は、ある決意をする。――女は自らの血を使い、みなを救うことにした」

 血を使ったって……。
 一人の血の量なんてたかが知れてる。それで本当に全員を救うことができたのかと疑問に思っていれば、男性は私に視線を合わせた。

「そう、一人の血の量など知れている。だから女は、我らに条件を持ちかけた」

「! な、んで……」

 この人……私の考えが、わかるの?

「女は我らにこう言った」

 暗い空間、涙する女性の姿が目の前に見えた。
 赤っぽい髪に、紫の瞳をした人。その人は腰までを水に浸け、手に、何かを忍ばせている。

〝私の力と〟

「私の力と」

〝私の血を〟

「私の血を」

 男性の声と、女性の声が重なる。

〝永遠に捧げる――だから〟

「永遠に捧げる――だから」

 彼女が言った言葉を、私は知ってる。だってこれは――。



〝争うことなく――平和に生きて〟

「争うことなく――平和に生きて」



 私が、この人に言った言葉だから。
男性の話に出てくる女性は、きっと私のことだと思う。それを知っていて私に話しているかはわからないけど、男性は尚も、話を進めていった。

「女は自らを洞窟ごと封じ、そこから湧き出る水に、己の力と血を注ぎ込んだ。その水が流れる川岸には、花が咲くようになってな。これに残った命華が手を加えることで、我らが口にする花が作れた。――だがこの時、既に更なる呪いが始まっていたのやもしれぬ」

 何が起きたのか、私は想像がついてしまった。
 そう。こんな簡単に、異変が終息するはずがない。根本的な解決をしてないのに、この人たちは……。

「それから、どれだけ時が経ったのか。――破ったのだよ。女との約束をな。命華を玩具とし、奴隷のように扱う彼等だけでなく、我らにも更なる呪いが襲うことになった」

 自業自得だな、と怪しく笑う男性。
 命華を苦しめた人を、この人は本当に恨んでいるようで。話の最中、何度も恨めしそうに、どこか遠くを睨んでいた。

「もう、自分たちを助けてくれるものはいない。残った命華も、あの女ほどの力を持っておらぬし、手をかそうとも思わなかったようだからな。死に怯えた者たちは、命華の扱いを今更のように同等とし、保護することさえした。
 だが、呪いを止めることは出来ず、遅らせるのがやっとな状態の時――再び、女は現れた。姿こそ違えど、その髪色は、赤の命華の証。白銀に、紅を足したような、輝かしい色をしていた」

 思い出すのは、草原で見た女性の姿。
 確か彼女は、女王だって言ってと思うけど。

「だから我は決意した。女を死なせるわけにはいかぬ――ずっと、ずっと生きてもらわねば。他の者には渡せぬ。無垢なまま、穢れの無い存在でいてもらわねば」

 笑ってるのに……その表情は、とても嫌悪に満ちている。歪んだ感情が、どず黒いモノとなって私の心に伝わってくるような、とても気分の悪い感覚に囚われていた。

「このような扱いをした罰を、我らは受けねばならぬ。お前も――そう思うであろう?」

 男性の言い分も、わからないわけじゃない。償ってほしい気持ちはあるけど……そんなことをしても、なんの解決にもならない気がする。



「ち、……がうっ」



 ゆっくり首を横に動かし、否定の意思を伝えた。

「ふっ。お前はやはり、シエロと似ておるな。だがその考えも、すぐに変わることになる。なんせ我は、これよりお前の母親を解放してやろうというのだからな」

 誇らしげに言う男性に、私は目を見開き、洞窟の奥へ視線を向けていた。
 この先に……お母さんが、いる?
 こんな暗い場所で、たった一人でいたのかと思うと……あまりに悲しくて、涙が溢れてきた。



「――――そろそろか」



 呟いて数秒。
 ものすごい勢いで、私たちのそばをなにかが通過した。
 狂喜の声を上げながら、男性は外へ歩き始める。洞窟を出て目にしたのは――地面に倒れこむ、ぼろぼろの姿をした叶夜君だった。

「箱はどうした」

「――――っこれ、を」

 血だらけの手には、真黒な箱が握られている。それを見て男性は、とても満足げに微笑んだ。

「それでいい。もうすぐだ……もうすぐ、お前を解放してやれる!」

 高笑いを上げながら、男性は私を抱えたまま、川の中へ入っていく。そして適当な場で私を座らせると、膝から下を川の中へ浸けた。

「さぁ――教えたとおりにしろ」

 よろめきながら起き上がる叶夜君の両手に、何か持っているのが見える。徐々にこちらに近付き、それがなにかわかった途端――ぶすりと、鈍い音がした。



〝まさか、ここで変わるなんて……〟



 心臓に、短剣が衝き立てられていた。