「さぁ、共に参りましょう」



 何もできない自分に情けなさを覚えた。逆らう気力も無くて、私は叶夜君から引き離された。

「貴方が逃げるから、誰かが傷付く。大人しくしていれば、叶夜を治療させましょう」

 怪しい笑みを浮かべながら、男性は言う。
 言葉が聞こえているのに、反応することができない。目の前に広がる血のことで頭が埋め尽くされ、目をそらせないでいた。

「ふっ、言葉も出ぬか。――何をしている?」

「そいつ、に……さわ、るなっ!」

 男性の足にしがみ付き、ありったけの声で、叶夜君は叫んだ。

「まだそんな口を利くか。――仕置きが足りないようだな」

 鈍い音が聞こえたと思えば、男性は叶夜君を足蹴りした。数メートルも吹き飛ぶ体は、まるで紙きれのように。地面に転がりながら、叶夜君は多くの血を流していった。

「っ!? や、やめて下さい!!」

 力尽きる叶夜君を見て、私はようやく、言葉を発した。
 すぐにでも駆け寄りたい……。
 だけど、しっかり掴まれた両腕からは、どうやっても逃げることができなかった。

「我々に従うなら、叶夜には何もしない」

 嫌な笑みを浮かべながら、男性は私に言った。



 従えば……本当に、治してくれる?
 これ以上、本当に傷付けはしない?



 私は俯き、唇を噛み締めた。
 そして、しばらくの沈黙の後、



「……わかり、ました」



 頷いて、男性に従うことを伝えた。

「それでは、参りましょう」

 囁かれた途端――目の前から、光が消えた。何が起きたのかわからぬまま、私の意識は、そこで途絶えてしまった。

 ――――――――――…
 ――――――…
 ―――…

 桜色の空に、輝く太陽――。
 そこには一人の女性と、男性が寄り添っていた。
 女性はお姉さんかと思ったけど、近付いていくにつれて違う人だというのがわかった。
 白銀に、微かに赤を足したような髪色。長くて綺麗な髪にすらっと伸びた身長が、遠くから見ても、きっとこの人は綺麗なんだろうなと予想ができる。



「私も……幸せになれるのかなぁ」



 近付いて見れば、やっぱり女性はとても綺麗な人だった。
 女性は男性の肩に身を寄せ、静かに目を閉じている。

「アナタだって……幸せになる権利はあります。たとえそれが、赤の命華だろうと」

 男性は、肩に髪がかかるぐらいの長さで、少し濃い茶色をしていた。

「私でこれなのに……子供なんて産まれたら、どうしたらいいのか」

「子供など、まだ先の話でしょう?」

 それに女性は、膝を抱え俯く。深いため息をつくと、女性は遠くを見つめた。

「今や、ここにいる命華は私だけ。しかも赤の命華だなんて。――ただでさえ男たちが近付くのに、赤の命華なら、尚のこと考えますよ」

 この人が……同じ赤の命華。
 いつもと違う光景に、今度は命華について見るのかなと、私はその場に佇んでいた。

「アナタだって、好きな人と結ばれるぐらいできますよ」

「――――ダメです」

 そう言って、女性は立ち上がり歩いて行く。それに男性も立ち上がり、女性に隣に付き添う。

「私が自由に出来ることは、限られてる。こうやって、二人でいることだって……」

 女性はそっと、男性の袖を掴む。
 一瞬、男性は焦る様子を見せるが、平静を装い女性と向かい合わせになった。

「私に許されるのは……みんなを癒すことだけ。自由に外も出られないなんて、レイナが聞いて呆れる。女王なんて、ただの飾りに過ぎない」

「……シエロ」

 そう言って、男性は女性を抱き寄せた。



「私は……何があろうと、アナタの味方です」


 
 静かに、男性は言葉を口にする。
 それに女性は目を閉じ、体を男性に預けた。



「未来は……変わると思う?」



 突拍子もない質問に、男性は不思議そうな表情を浮かべた。

「少しだけ、知ってるの。だから私が、これからどうなるのかも……」

「その未来を……アナタは、望むのですか?」

「子供は欲しいけど、その先の未来は嫌」

 子供……それって。
 頭に、一つの考えが思い付く。私の親が、もしかしたら――ここにいる女性なんじゃって。