「……悪い。嫌だったな」

「べ、別に……嫌とか、そういうわけじゃ」

「……それ、他のやつの前で言うな」

 そう言うと、叶夜君はさっと私を抱える。
 そして窓の前に立つと、足で窓を蹴り破り外へ身を乗り出した。

「急ぐから、しっかり首に掴まれ」

「で、でも……それだと」

「いいから早くしろ」

「……は、はい」

 今は、恥ずかしがっている場合じゃない。頭ではわかっているのに、腕を回す私の体は、恥ずかしさのせいで、少し震えていた。

「絶対……離すなよ」

 真剣な眼差しで、月神君は私を見る。間近にあるその顔はとても綺麗で……青い瞳が、余計に綺麗さを際立たせているようだった。

「し、しっかり、掴まってます」

「あぁ。――じゃあ、行くぞ」

 それに頷くと、叶夜君は勢いよく、窓から飛び降りた。

 *****

「アナタがもたもたしてるから、あの子、どっかに連れて行かれちゃったわよ?」

「……失態だということは、自分が一番分かっている」

「うわっ。すっごい根暗入ってるのね。――助けに行かないの?」

「私は今、あの方の使い魔ではない」

「痩せ我慢しちゃって。行きたいならいいのよ? 私は優し~い主だから、あの子の為に動いても怒らないし」

 むしろ動きなさいよ! と、最後には何故か、青年は少女に叱られていた。

「なんだ、貴女の方が行きたいのではないか?」

「そりゃあ、無暗に人が死ぬのは避けたいし……。話聞いたら、放っておけないのは当たり前でしょ?」

「初めて会った時から思ってたが、まさかここまで」

 お節介な性格だとはな、と青年はため息をついた。

「助けるの? 助けないの? ハッキリしなさい!!」

 詰め寄られ、青年は本日一番とも言える深いため息をついた。

「助けたいが、手立てが無い。あちらの世界に行く術を知らないし、行ったところで、私に出来ることは限られている。――確実に、貴女が大変なことになりますよ?」

「あら、そんなこと気にしてたの? 今までの私の扱い、思い出してみなさいよ。今更って感じでしょ?それに――あの子見てたら、私もなんだか気になっちゃうのよね」

「方法は……あるのか?」

「あるわよ。直接手が出せないなら、〝出せる人に〟動いてもらいましょ?」

 ふふっ、と楽しげに少女は笑う。

「まずは――あの子の家族に、知らせてあげましょう。そーすれば必ず、動いてくれるはずだから」

 そう言って、少女は青年に耳打ちをする。

「ほら、早く行って来なさい」

 背中をバンッ!と叩き、青年の後を押す。
 それに青年は頷くと、屋根の上を伝って走り出した。向かうのは――今は日向美咲と言う名の彼女の家。それは青年が探していた、元主の今の名前。早く動かなかったのは失態だが、まだやれることがあるのだと、足を速めた。
 ――数分後。
 青年は一人、美咲の家の前に立っていた。夜中だというのに、何度も呼び鈴を押し、住人を起こす。



「……どちら様かの」



 やわらかな声で問うのは、歳老いた男性。
 こんな時間に起こされたにも関わらず、怒っている様子はうかがえない。

「無礼をお許し下さい。緊急な用事の為、こちらにやって来ました」

 頭を下げる青年。
 顔を見て、男性は見覚えがあるのを思い出した。

「あんた……最近、この辺りで見かける子じゃな? 一体、どんな用事があるんじゃ」

「――彼女が、連れ去られました」

 青年の言葉が理解出来ないのか。
 男性はきょとんとした表情を浮かべた。

「私は、あちらに手出しが出来ない。手遅れになる前に、出来ることをしておこうと思いまして」

「……あんた、あの子の何を知っておる」

「何も。私が知るのは、前世の彼女ですから。私を信じろとはいいません。ですが、今手を打たねば、本当に取り返しのつかないことになってしまうかもしれません」

 不安を煽る青年。嘘であってほしいと願うものの、実際連絡が取れなくなっていることが、男性の不安を更に加速させていった。

「要件はわかったよ。ひとまず、今日はお帰りいただけるかな?」

「……どうか、お願いします」

 最後に深々と頭を下げ、青年はあっと言う間に、姿を消した。



「――もしもし。悪いですが、事態が動き出しました」



 男性は家に入るなり、とある人物に連絡を取った。