「……んんっ!」

 次第に……意識が遠退き始める。けど、たまに首筋を舐められるせいか、それが落ちそうな意識を引き上げていた。
 一滴も零さぬよう、何度も何度も、首筋を舌が這っていく。

「っ……ふぁっ、んん!?」

 くすぐったい感覚が体を走る。
 普段出さないような声が口からもれ、恥ずかしくなるのと同時に、体が変に熱くなるのを感じた。



「はっ、ぁ……俺を、早く」



 唇を離すと、叶夜君はなにか言った。ハッキリと聞こえず、聞き返してみれば、



「俺を……殺せ!!」



 振り絞るように、叶夜君は叫んだ。



 今……殺せって。



 信じられない私は、思考が停止した。血を吸われたせいか、頭が思うように回らない。

「俺がまともなうちに……頼む!」

「そん、なの……」

「このままだったら、俺はきっと、君を殺してしまう。一つの誓いじゃ足りなかった…俺の落ち度だ。だから早く君の手でっ!?」

「バカなこと言わないで!」



 怒りが込み上げた私は、考えるよりも先に、叶夜君の頬を叩いていた。



 約束……したのに。
 護るって、言ったくせに!



「なんで……そんなこと言うの?」

「さっきも言ったが、一つの誓いじゃ意味をなさいんだ! それだけじゃない。俺の体は、大量の薬を投与されてる。今は血のおかげでまともでいられるが……それも、いつまで続くかわからないんだぞ!?」

「血があれば大丈夫なんでしょう!? だったら……勝手に約束破らないで!!」

 そんな私を見て、叶夜君は驚きの表情を見せた。普段見せない強い口調に、目を見開いている。

「勝手に約束して、勝手に破って……「護る」って言ったのは、どこの誰!? 適当な気持ちで、私のそばにいたの!?」

 次第に、俯いてしまう叶夜君。
 しばらく無言の時間が流れ、私はようやく、自分がなにをしたのかを理解した。

「ご、ごめん、なさい……。叩くつもりは、なかったんです」

「確かに――約束、したんだよな。今から――言うとおりにしてくれ」

 そう言って顔を上げると、叶夜君はニヤリと、口元を緩めていた。途端、雰囲気ががらりと変わるのがわかった。

「何をすれば、いいですか?」

「俺の名前を、呼んでくれ。契約の時にも言った――本当の名前で」

「それって……」



『―――ノヴァ、なんてどう?』



 お姉さんの言葉が、頭を過る。
 きっと叶夜君が言ってるのは、その名前だ。

「あの人がつけてくれた名前だ。叶夜っていうのは、仮の名前に過ぎない。――ずっと、呼ばれることも無かったがな」

 どこか淋しげに笑う叶夜君。それに私は、優しく微笑みかけた。

「……知ってる。私、その時見てたから」

「見てたって」

「理由はわからないけど……私、その時を知ってるの。だから、契約する前から本当の名前も」

 知っていたと、私は答えた。
 すると叶夜君は、嬉しそうに微笑んだ。