「? 何、を……?」

「私の血を飲めば、治まるはずです。だから――」

 吸って下さいと、叶夜君の頭を抱え、自分の首筋に押し付けた。
 恥ずかしいとか、そんなこと考えている暇はない。今はただ、少しでも楽にしてあげたいという気持ちが強かった。



「っぐ! ダ、メ……、なの、にっ」



 躊躇(ためら)っているのか、叶夜君はなかなか吸おうとしない。

「飲んでも……いいんですよ? 私は、叶夜君を助けたい」

「ち、がっ……オレ、は。――血、なん、てっ」

 抗っているのか。ぎぎっと、悔しそうに噛み締める音が聞こえる。するとしばらくして、何度も何度も、叶夜君は謝り始めた。

「ご、めっ……ごめん。おれ、……こ、わ、すこと、しか」

 ぐいっと両肩を押し、私を離そうとする叶夜君。それに負けじと、私は抱き付くように胸に飛び込んだ。

「心配……してるんだから。叶夜君が傷付く姿、もう見たくないの!」

「!? また……同じ、こ、と」

「もう……もういいじゃない。ずっと傷付いて、苦しんで。また昔みたいに、戻ってほしくない!!」

 気が付けば、涙を流していた。
 言いたいことがたくさんあって、自分でもなにを言ってるのかわからない時もあるけど、ただ一心に、叶夜君を助けたいんだって伝え続けた。

「私のっ、血で……元気に、なるんでしょ? 一回で足りないなら、何度も吸っていいから」

 だからお願い! と、叶夜君を抱きしめた。
 再び、両肩に手が置かれる。引き離されると思った私は、離れまいと手に力を込めた。

「違う、から。――――か、お」

 見せてくれ、と叶夜君は言った。

「たのむ、から」

 顔を上げれば、叶夜君は一瞬、驚きの表情を見せた。けれどすぐに、目を細め嬉しそうに私を見つめた。

「……その、瞳」

「? 何か……あるの?」

「昔と、同じ。こころ、を、感じた。――紫の、瞳の女性」

 いつかの夢が、頭を過る。
 鏡に映った、紫の瞳の女性。きっと今私は、あの人になっていると、そう、瞬時に理解した。

「お前、はっ……い、つも。――俺を、うご、かす」

 そっと、背中に手が回される。次第に引き寄せられ、今度は叶夜君の方から、私を抱きしめていた。

「き、っと。また……こわし、て、しまう。それしか、俺には無い、から」

「壊れるなんて。私はそんな、やわじゃないよ」

「あぁ……知って、る」

「だったら……吸ってくれるよね?」

 髪を右側に束ね、首筋を露にした。
 微かに口を開けたものの、叶夜君はまた閉じてしまう。決心がつかない様子に、私は再び、頭を抱え首筋に押し付けた。



「迷わないで。――大丈夫、だから」



「――――ご、めん」



 首筋に、温かい液体が触れる。
 視線をだけを向けて見れば、辛そうに顔を歪めながら、叶夜君は涙を流していた。

「……謝らないで。私は、大丈夫だから」

 叶夜君が、大きく息を吸う。――そして。


 
「はぐっ!」



 勢いよく、首筋に噛み付いた。



「んっ、ぐ……はぁ、っ……わる、い」



 貪るように吸われる血。体はキツく抱きしめられ、それだけ切羽詰っていたんだというのが伝わる。



「っは、ん……ぐ。――悪い。もう少し、だけ」



 まだ足りないらしく、なんとも申し訳なさそうに叶夜君は言った。

「いい、よ……だいじょ、ぶ」

 そう言ったあと、再び首に、温かい感触と痛みが走った。



 ――これで、少しでも治まるなら。



 そう思いながら、私は痛みに耐えた。