「――――気分はどうだ?」



 突然背後から、男性の声がした。
 振り返れば、そこにいたのは夢でお姉さんと一緒にいた、あの男性の姿だった。
 嫌な笑みを浮かべる男性に、私は警戒した。

「そのように怖がるな。貴方に危害は加えない。我々はただ、力を貸してほしいのだけだ」

 そう言われても、私は、この人が危ないことを知ってる。少なくとも、今はお姉さんを傷付けた人物なんじゃないかと、疑いの眼差しを向けていた。
 すると男性は、どこか嬉しそうに、ゆったりとした口調で話を始めた。

「貴方には、ある方の命を救ってもらいたい。その方は、我々の女王。今は病気により眠らせてあるが、叶夜の報告で貴方が命華だと知り、ここへ連れてもらったのだ。――頼む。どうか、あの方を救ってほしい」

 男性は私に跪き、懇願する。
 それに驚いた私は、ようやく男性と話を交わした。

「わ、わかりましたから、そんなことはやめて下さい!――具体的に、どうすればいいんですか?」

 その問いかけに、男性はニヤリと口元を緩め、

「それは……貴方の血です」

 と、少し予想していた言葉が発せられた。

「ですが、今の貴方の血ではありません」

「どういう、意味ですか?」

「赤の命華として覚醒した時の、貴方の血ですよ」

 怪しく微笑むと、男性は私の手の甲に、口付けをしようとする。

「!? や、やめて下さい!」

 手を振り払うと、男性はどこか楽しげに私を見つめた。

「ふっ。やはり、子は親に似るな」

 途端、私はその場に固まった。



 この人は……何を知ってるっていうの?



「その様子だと、何も聞かされてはいない、か。――知りたくはないか?」

 知りたくない……と言えば嘘になる。けど、この男性が言うことが本当だという保障はどこにもないし。

「まだ信用出来ないか。―――ではまず、叶夜にでも会わせてやろうか」

 えっ……ここに、叶夜君がいるの?

「何をぼーっとしている。会いたくはないのか?」

「あ、会いたい、です」

 そう言うと、男性はドアを開ける。

「屋敷の中とはいえ、部屋の外も危うい。我から離れるなよ」

 歩き出す男性の後に続き、私は初めて、屋敷の中を歩いた。
 薄暗くて、石造りの建物。そこは夢で見た、実験が行(おこな)われていた屋敷なんじゃないかと思った。
 しばらく行くと、男性はある部屋で足を止めた。
 本当にここにいるのかと半信半疑になっていれば、男性は扉を開け、中へ入るよう促す。それに従い入ってみれば、

「?――!? きょう、や」

 驚きの光景が、目に飛び込んできた。
 そこにいたのは、両手を鎖で繋がれている叶夜君。
苦しいのか、息はとても荒々しく、まともに会話なんてできないようで。体には幾つも切り傷があり、胸元が開いたシャツから見える傷だけでも、酷く血が滲んでるのがわかった。

「彼は今、病にかかっている。なので、こうして繋いでいるのです」

 叶夜君の足元には、読めないけど、文字が書かれていた。淡い光を放つそれに、この場所から出られないようにしているんじゃないかと感じた。

「叶夜を治す為にも……わかりますね?」

「っ!?」

 私の髪を後ろにやり、首筋を露(あらわ)にする男性。それに顔を背けると、男性は軽やかな声を発した。

「叶夜を助ける為にも、赤の命華としての血が必要だ。叶夜と共に、女王を救ってはもらえぬだろうか?」

「…………わかり、ました」

 正直、従っていいのかと迷った。
 もちろん、女王とかいう人も助けたいとは思ったけど……今、目の前で苦しんでいる叶夜君を助けたくて、私はその申し出に頷いた。