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「――――どーいうことだ」



 扉を開けるなり、少年は不満の声を上げた。

「命華を連れて来るのはオレだろう? なのにそっちが動くなんて――契約違反もいいとこだ」

 ダンッ! と、机に力強く片足を付く少年。
 その様子を、文句を言われた張本人であるディオスは、楽しげに見ていた。

「お前が早くせぬからだぞ、ミヤビ。血ばかり集めおって。望むものが、それで手に入ると思ったのか?」

「血も多くいると言ったのはお前だろう!? 命華は始祖の元にいたんだ。最小限のリスクで事を運んでたってのにっ!!」

「ふっ。理由はどうあれ、お前が遅かったことに変わりはあるまい? それにもう、お前の望みは叶わない」

 理解出来ないのか、少年――もとい雅は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。
 やつは何を言ってるのか。
 叶わない? 叶わないなんてそんなこと――。
 不吉な考えが、雅の脳裏を過った。



「彼女はもう、ここにはいない」



 違ってくれと願う雅に、嫌な言葉が告げられた。

「彼女はもう、ここにはいない」

 再度告げるのは、人形のように表情の無い人物――叶夜だった。
 意外な者の登場に、雅は間の抜けた声を上げていた。

「彼女は脱走した。だからこそ、命華が襲われないよう俺が先に確保したまでだ」

「っんのやろう……。なぜ知らせなかった!? お前ならすぐに伝えられただろうが!!」

 目の前の机を蹴り壊し、怒りを露にする雅。それを見ても、ディオスは相変わらず楽しげで。叶夜も未だ、覇気の無い様子で立っていた。

「何を勘違いしている? 我は、雑華と慣れ合うつもりはない」

「はっ。それはこっちのセリフだ。ここにいるのだってヘドが出る」

 冷たい沈黙が、その場を支配する。
 何も言わないディオスに、雅は忌々しそうに睨みをきかせる。
 けれど、それから口を開く者はおらず。雅は舌打ちをすると、その場から立ち去って行った。

 ◇◆◇◆◇

 部屋に連れて帰られた私は、未だ震えが止まらなかった。
 低い唸り声。
 無数の赤い目。
 見られただけで死んでしまいそうな殺気が、まだ鮮明に焼き付いていた。

「怖がらせてすみません。私は、女性をもてなすのが初めてなもので」

 にこにこと話す少年。
 もてなすのが初めてと言うわりには、紅茶を出してくれたり、肩にカーディガンをかけてくれたりと、何かと気遣ってくれている。

「ちなみに、茶葉はオレンジを使用しております」

 目の前に差し出されたカップから、爽やかな甘みを感じる。
 そっと手に取ると、私はしばらくカップを見つめていた。



「――――毒はありませんよ」



 思わず間の抜けた声を出せば、違いましたか? と、少年に聞かれた。

「それが気になり、お飲みにならないのではないのですか?」

「えっ、と……。別に、そういうわけじゃ」

「そうですか。もし、お体がすぐれないようでしたら、私に申しつけて下さい。ベッド横にある鈴を鳴らせば、すぐに参りますので」

 軽く頭を下げると、少年は静かに、部屋から出て行った。



「――――はぁ」



 途端、大きなため息が出た。
 ひとまず、この部屋にいれば安全みたいだけど……。
 これから何が起こるのか、すごく不安で仕方ない。
 また一つ。大きなため息が出てしまう。
 手にしたカップをテーブルに置くと、私は窓のそばに行った。
 さすがに今は、開けるのも怖いからしないけど――外の景色を、見たくなった。
 嫌なこと。
 不安なこと。
 そんな時は決まって、いつも丘で景色を眺めていたから。今もまた、いつものように景色を眺め、少しでも気持ちを落ちつけたかった。