「みな、あなたの匂いに惹かれたのですよ」

「私の、匂い……?」

「そうです。あの部屋にいれば、これらは侵入してきません。――ご理解いただけましたか?」

「こ、こういうことなら、わざわざ連れて来なくてもっ」

「説明するより、体験する方が早いと思いまして」

「グルゥ……グルゥ……」

「っ! も、もうわかりましたから!」

 早く帰りましょうと言いながら、少年にしがみ付く。
 その間にも、獣や影は距離を詰め、私たちを狙っている。



「――グガァァァ!!」



 叫び声が上がると同時。周りの者たちは一斉に、私たちに飛びかかって来た。
 真黒い色が、視界いっぱいに広がる。
 恐怖で体が震えていれば、腰に、大きな手が置かれた。

「――よく、覚えておいて下さい」

 しっかりと体を引き寄せ、話し始める少年。途端、すごい勢いで体が引き上げられた。
 空へ飛び上ったようだけど、下を見れば、赤い目をした者たち私たちが待ち構えている。迫りくる恐怖に、体は震えてばかりだった。

「あなたは赤の命華。その血は甘美で、力は潤いをもたらす存在。故に、こうした存在が、あなたを常に狙い続けるということを」

 真下には、数えきれないほどの敵意むき出しの者たちがいるっていうのに――。
 少年には全く、恐怖を感じていないように見えた。

「……にげ、れ、ますか?」

「逃げるのは無理です。私はそれほど、早さには自信がありませんので」

「っ!? そんなの、って」

 逃げれないとなれば、この後どうなるか決まってる。
 飛び上っただけの体は、徐々に下へ落ち始め――死が、目の前に迫っていた。



 こんな……ところで。



 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――!



 頭の中を、拒絶の言葉が埋め尽くしていく。



 死にたくない……〝また〟死ぬわけにはいかないのに!!



 どんな小さな音でも。息をする音さえ刺激になってしまうんじゃないかと不安で、押し殺すように呼吸をしていた。



 ――――ドクッ、ドクッ。



 静まってほしい気持ちとは裏腹に、高まり続ける心臓。不安も最高潮に達した時――一際大きな鼓動が、体を駆け巡った。



「――――大丈夫です」



 やわらかな声と共に、少年は、私に笑みを見せた。

「逃げるまでもありません。そのまま、しっかりしがみ付いて下さい」

 腰に当てられた手に、力が込められる。
 途端、少年がこれから何をするのかわかってしまった。



 きっと……殺すんだ。



 これだけの数、無理なんじゃないかって思ったけど――少年の瞳を見てしまえば、その考えは消えてしまった。

「では、処理を始めましょうか」

 ニヤリ、怪しい笑みを浮かべるその表情は、今まで見ていた人物と同じとは思えないぐらい、怖く思えた。
 地面に着くと同時。少年はあっと言う間に、前方にいた者を吹き飛ばした。
 あまりの出来事に、私は何が起きたのかと混乱していた。
 確か、軽く蹴るような仕草をして、右手を上げただけだと思ったんだけど――。

「もう少しで終わりますから、お待ちくださいね」

 続いて横、後ろと。その場で一回転する頃には、嘘みたいな静けさが訪れていた。
 もう、周りにはなにもいない。
 あるのは、川が流れる音だけ。
 驚きのあまり声も出せないでいると、少年はさっと、私を抱えなおした。

「どうやら、いい刺激になったようですね。――さぁ、戻りましょうか」

 優しく話しかける少年には、もうさっきのような怖さは消えていた。