「ノヴァが戻ってしまうなんて……。一体、何があったんですか!? やっと心が育ったのに、これじゃあまた!」

「落ち着いて下さい! 私も今、把握するので精一杯なのです。――エメさん、アナタは、何を知っているのですか?」

「……ノヴァが。ノヴァが、美咲ちゃんを連れていたんです。どーいうことか問いただそうと近付いたら、あの子、昔のように冷徹な表情になってて。私を振り払って、向こうの世界に行ってしまったんです」

「……やはり、レフィナドが動きましたか」

 今にも泣き出しそうなエメを宥めながら、上条は油断していた自分を責めた。

「あちらに捕らわれているとなれば、迂闊(うかつ)に手出しするわけにはいきませんね」

 ぎっ、と歯を食いしばる。
 その様子に、エメも申し訳なさそうに言葉を発する。

「迂闊(うかつ)だったのは、私も同じです。もう少し早く気付いていれば……」

「いえ。アナタに非はありませんよ。アナタはもう、充分過ぎる程やっています――?」

 ふと、視線を下に落として見れば、エメの腕に、上条は変化を感じた。よく見れば、その腕は肘から下が黒く、変色し始めていた。

「エメさん……その腕は」

「っ! だ、大丈夫です。まだ、気にするほどのことじゃないですから。――それよりも」

 伝えることがあると、エメは真剣な表情で上条を見た。



「もうすぐ――レイナ様が現れます」



 途端、上条は間の抜けた声を出した。
 レイナが……現れる? そんなこと。
 どういうことだ、と上条は困惑した。

「これは、私たちに伝えられた予知なんです。王華の長は、いずれ箱を手に入れ、レイナ様を蘇らせます」

「!? そのような、こと……一体、どうやって」

「赤の命華の血と、レイナ様の子の血があればいいんです。幸か不幸か、レイナ様の子は赤の命華として生まれ、尚且つ女。蘇らせる以外でも、あちらにとっては好ましい存在になっていますがね」

「しかし、箱に触れられるのは、華鬼の長だけではないのですか? 封じたのは、彼女なわけですから」

「――――だからこそ、ノヴァがいるんです」

 悔しそうに。けれども愛おしそうに。エメは、どこか遠くを見ていた。

「ノヴァは、華鬼の長と、王華の長の子どもなんです。だからあの子なら、箱に触れることが出来る。とは言っても、無傷で済むことは無いでしょうがね。――私もそろそろ」

 行きます、と言い外へ出ようとするエメ。それを、上条は腕を掴み止めた。

「そのままでは危険です。今、薬を持って来ますから」

「私には不要ですよ。まだ、落ちるには時間がありますし。――それに、あちらにいる者たちをまとめるには、このままの方が都合がいいですよ」

「そうだとしても、万が一、理性が戻らないとも限りません。影ならまだどうにか出来るかもしれませんが……やはり念の為、薬を飲んで下さい!」

 何度も勧められ、エメはようやく、上条の言葉に頷いた。

「本当、リヒトさんは優し過ぎます。私は本来、生きてるはずの無い者なのに」

「それは、アナタが自ら望んだことではありません。アナタだってまだ、生き続ける可能性があるのですよ」

「……だと嬉しいですけどね。精々、足掻いてみます」

 そう言い、エメは外へ出た。姿が見えなくなるまで、上条はじっと、外を眺めていた。



「シエロ……君は、私を恨んでいるだろうか」



 自分のしてきたことは、果たして正しかったのか。
そんな考えが、上条の頭を駆け巡る。ここまで来たら、最後まで進むしかないことはわかっているのに。心の整理が、なかなかついてくれなかった。

 ◇◆◇◆◇



「――この辺りでいいでしょう」



 連れて来られたのは、小さな川が流れる場所。周りには高い木々が生い茂り、空を見上げれば、青い月が輝いていた。

「ここで、何をするんですか?」

「すぐに分りますよ。――決して、そばを離れないで下さいね」

 危ないですからと、私を下ろすなり、不吉な言葉を言う少年。すると、遠くから慌ただしい音が聞こえ始めた。
 草木を踏み鳴らし、獣のような声が木霊する。
 怖くなった私は、少年の背中に隠れるように身を隠した。

「――――来たようですね」

「来たって一体っ?!」

 何が? と言いかけて、私は言葉をやめた。
 周りには、いつのまにかたくさんの獣や、あの時の影のような者が集まっていた。